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竜の爪あと

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ユディスの元に届けられた、魔導士だった叔母アドニスの訃報。かつて黒竜バルバザードを討伐した英傑の一人であった彼女が、隠遁の末に人知れず死去したその理由とは……?
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竜の爪あと(EPUB版)

EPUBファイル(電子書籍ファイル)用意いたしました。
ファイルをダウンロード、iPhone標準の「ブック」アプリなど電子書籍が読めるアプリで開けるかと思いますのでご利用いただければと思います。

竜の爪あと その1

   竜は死して爪あとを残し
   その傷の癒える日は遠く
   いつか形をなした災いを
   人々は目の当たりにするであろう

  1

 アドニス・アンバーソンが死去したという報せをユディスが受け取ったのは、その日の午前遅く、昼にさしかかろうかという頃合いだった。
 遅い朝食のあと、一人お茶をいれて部屋着のままぼんやりと読書などして過ごしていた折に、下宿の大家である老婦人アンナマリーがわざわざ

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竜の爪あと その2

  2

 竜を探す探索隊が結成される以前から、正騎士ベオナードは魔導士アドニスとはそれとなく面識はあった。
 いや、面識があったというのは正確ではなかったかもしれない。こちらはともかく向こうがベオナードを知っていたかどうかは少し怪しかったかもしれない。
 アドニス・アンバーソンは魔道士の塔に籍を置く正式な魔導士であることには間違いがなかったが、その当時は王国軍に出向し、王都にある気象観測研究所に

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竜の爪あと その3

  3

 竜は身を休めたまま動く様子はなく、その間に一行は城塞へと近づいて行った。
「行くのはいいが、勇敢と無謀には俺はしっかりと区別をつけたい。無理だと感じたところで遠慮なく臆病風に吹かれさせてもらうぞ」
 ベオナードがそう念押ししたが、果たしていざという時にそううまく逃げおおせられたものかどうか。
 さすがに全員で乗り込んでいくのは危険と判断し、部隊の大半を周辺に待機させ、ルーファスとベオナ

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竜の爪あと その4

  4

 竜との対峙はそもそもは近衛騎士自身が望んだことのはずだったが、彼は何が納得行かぬのか終始ずっと苛立たしげだった。
 ともあれ、せっかく命からがら竜の元から逃げ出したはずなのに、好んでそこに戻りたい者も本来はいなかっただろう。城塞へと進路を転じた事について兵士たちの間にも動揺は見て取れたが、そうするよりほかにないというのは皆が無言のままに承知していることだった。
 そういった不平や不安を

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竜の爪あと その5

  5

 廃墟の中であれだけ堂々巡りを繰り返したことを思えば、廃墟から村までの道のりは拍子抜けといってもよかったかも知れない。今度は道に迷うことなく、彼らはすんなりと廃墟の街をあとにすることが出来たのだった。
 だが仲間の何人かは物言わぬ亡骸となり、彼らを担いでの行軍でもあったし、負傷したマーカスの容体もあまり良好とは言えなかった。
 村に戻れば、部隊のうち待機していた面々の中に衛生兵がおり、早

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竜の爪あと その6

  6

 それは果たして、一体何の音だったか――。
 正体が気にならない訳ではなかったが、近寄るべきではない、それは得策ではない、という思いも脳裏に去来する。抱えた赤子の事もあるし、ここはベオナードに言われたとおりに宿営に急ぐべきだ……そう思い直したが、もう一度足を動かそうとしたときには、時すでに遅し、であった。
 すぐそばの路地から、王国軍の兵士たちが三名ほど、姿を見せる。何かから逃れるように

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竜の爪あと その7

  7

 村に残っていた探索隊の残る一行は、やがて王都への帰途に着いた。
 アドニスと赤子については、彼女の申し出通りにその地に残ることとなった。彼女らの件については兵士達と現地の村人たちには、竜の亡骸を調査するためにベオナードとともに廃墟へ赴き、そのまま彼女だけ戻って来なかった事にしておくように、と固く言い含めるしかなかった。
 村人にはアドニスと赤子の面倒も任せて来た形になるが、兵士達が竜と

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竜の爪あと その8

  8

 話の上で、その名前が出るに至って――。
 それまで正騎士ベオナードの話を間抜けな相槌を打ちながらじっと聞き入ってたマティソン少尉は、思わずその名前の主……この部屋の主でもある、ユディスの方を見やった。
 気がつけば、ユディスは腕組みをしたままベオナードとマティソン少尉の前に仁王立ちになり、恨みがましい眼差しでじっと二人の方を睨みつけていた。
 言い知れぬ身の危険すら感じたマティソン少尉

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