【短編小説】桜の季節の約束#7「遺されたもの」
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夕暮れ時、街灯が灯り始める中、カオリは路地裏を歩いていた。フリーカメラマンとしての生活は厳しいものだったが、彼女は今日も一日、撮影の仕事に打ち込んでいた。
高瀬の裏切りによってカオリは失望し、会社を辞めた。それでも、カメラという夢を追いかけ、カオリは少しずつ自分自身を見つめ直していく。
「あの人はもう、関係ない。私は自分の道を進む」
そう自分に言い聞かせるように、カオリは歩みを進めた。
そんな中、カオリは自分が所属していた大学の駅伝部の取材に撮影班として行くことになる。彼女が現地に着くと、偶然にもその部にユウがいた。
彼はかつてトップ選手だったが、ある事件がきっかけで駅伝選手を辞めてしまっていた。
取材が始まり、記者と話す彼を写真に収めていく。
「あの頃、僕は結構いい成績を残していたんですよ。でも、ある日、練習中に怪我をしてしまって…」
ユウの言葉が途切れる。彼は少し目を伏せ、カオリは何か言葉をかけようとしたが、そのまま静かにしていた。
「その怪我で、僕は半年近く走れなくなってしまったんです。それでも、陸上部に残りたかった。でも、そんな僕に気を遣ってくれる人がいて」
ユウの声は、どこか切なげであった。
「部長はいつも僕を励ましてくれたんです。僕がダメでも、部長が僕を信じてくれていた。でも、ある日突然、オートバイの事故で部長が亡くなってしまったんです」
ユウの声は、ますます小さくなっていく。
「僕はその時、自分が何もできなかったことが悔しくて、走ることができなくなってしまったんです」
カオリは、ユウの言葉をじっと聞いていた。彼の切なさが、彼女の胸を締め付ける。
「でも、部長が残してくれたものがあったんです。部長が亡くなってから、僕は彼のロッカーを整理していたんですが、そこで部長が僕に残してくれたものを見つけたんです」
ユウは、ポケットから小さな袋を取り出す。袋の中には、一枚の写真が入っていた。
「これは、僕が駅伝で走る前に、部長が撮ってくれた写真なんです」
カオリは、写真を見た。それは、走るユウの後ろ姿が写っている一枚の写真だった。
「僕は、この写真を見て、部長の存在を感じたんです。僕が走ることができたのも、部長のおかげなんです」
ユウの声は、静かになった。カオリは、彼の言葉を聞きながら、彼がどれだけ走ることを愛していたのかを感じた。
取材を終えて、帰り道、カオリは小さな公園のベンチで座っているユウを見つけた。彼はぼんやりと空を見上げていた。
「ユウ?」カオリが声をかけると、男性はゆっくりと振り向いた。
「ああ、やっぱりカオリだったんだ」
「久しぶりね」カオリはユウの隣に並んで座った。
「これ、見てくれる?」
ユウは一冊の雑誌をカオリに手渡した。そこには、駅伝の特集記事が載っていた。そして、小さくユウの写真が載っていた。それはカオリが撮ったユウの写真だった。
「これ、部長が残してくれたんだ。彼は、いつも俺に夢中になることの大切さを教えてくれた。走ることは、ただ自分自身を追い込むことではなく、何かを追い求めるために必要なものだって」
ユウは、カオリに向き直り、静かに続けた。
「あの日から走ることができなくなってしまった。でも、それでも、走りたいと思ってしまうんだ」
カオリが撮ったユウの写真は、ユウの真剣な表情と力強い走りを捉えていた。それを見て、カオリは彼の想いを理解した。
「部長が残してくれたものが、あなたの原動力になっているんだね」
ユウは微笑んで、頷いた。
「ああ、そうなんだ。部長はいなくなってしまったけど、彼の思い出は、ずっと心の中にある」
「ユウ、あなたは本当に強い人だよ。部長があなたを信じていたように、私もあなたを信じてる」
二人は、公園のベンチで、しばらく黙って座っていた。そして、ユウは静かに立ち上がり、カオリに手を差し伸べた。
「ありがとう、カオリ。君に話すことができて、少し心が軽くなったよ」ユウは、微笑んで言った。
カオリもまた立ち上がり、彼の手を取った。「私も、あなたと話すことができて嬉しかったわ。信じることがどれだけ大切か、改めて気づかされた気がする」
二人は、静かに笑い合いながら、公園を出て、別れた。
次回、金曜日に投稿予定です。
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