見出し画像

【短編小説】桜の季節の約束 #4「スタートライン」

前回のお話はこちら


 駅伝大会当日、ユウは誰よりも早く起き、準備を整えた。
 スパイクを履き替え、身体を温め、ストレッチをした後、静かに目を閉じ、呼吸を整えていた。
 ユウは、今回のレースが駅伝選手人生の中で最も大切な瞬間であることを自覚していた。しかし、彼の心には落ち着かないものがあった。
 思い出す度に、胸が痛くなってしまう。

 幼い頃から走ることが好きだった彼は、大学でも陸上部に入り、駅伝選手として活躍していた。
 大学の駅伝部は、毎年春に開催される大学対抗駅伝大会が目標だった。ユウも仲間と共に、春に向けてチームの練習に励んでいた。

 大学1年生の時の駅伝大会で、スタートラインに立った瞬間、ユウはまるで自分自身をコントロールできなくなってしまったかのように、思考が停止し、頭の中が真っ白になってしまった。周りの選手たちがスタートの合図を待ちわびている中、彼だけが動けずにいた。
 スタートの合図が鳴り響いた瞬間、彼はハッと目が覚めたように前に飛び出した。しかし、すぐにそのリズムは崩れ、呼吸が乱れ、足取りも重くなってしまった。それでも、彼は一生懸命走り続けた。
 心臓がバクバクと高鳴る中、ユウは何とか最後まで走り抜け、地面に倒れこむようにチームメイトにタスキを渡す。周りには拍手や声援が飛び交っていたが、彼はただただ苦しい呼吸と共に、自分の無力さを感じていた。彼は失敗したのだ。彼は自分自身に、そしてカオリにも、約束を守ることができなかった。

 その後の練習でもユウは走ることができなくなった。いつも通りに走ろうとしても、足が重くなり、息が上がってしまう。チームからも心配されるようになった。そんな中、次年度の春の大会に向けての最終調整期間が始まった。

 ある日、ユウは部室で一人うずくまっていた。部員たちからの心配の声も届かず、彼は自分自身と向き合っていた。
「もう、やめようかな……。俺には、駅伝なんて走れない」
 その時、部室の扉が開いた。
「……お前、なにか悩んでることがあるんだろ?」と部長のリョウが声をかけてきた。ユウは素っ気なく返答すると、リョウは静かに彼の横に座った。
「俺も、大会で大失敗したことがあるんだ。でも、それを乗り越えた先には、自分自身を超える力があるって気づいたんだ。お前も、まだ諦めるのは早いんじゃないか?」
 ユウは静かに頷き、涙を流しながらリョウの話を聞いた。リョウと話をしているうちに、ユウの心の中の曇りが吹き払われ再び前向きな気持ちが芽生えてきた。

 その後、ユウは再び練習に励み、チームメイトや監督からのサポートを受け、一歩ずつ自分の走りを取り戻していった。そして、ついに彼は再び大会に出場するチームメンバーに選ばれた。

 駅伝大会当日。ユウは誰よりも早く起き、準備を整えた。
 スタートラインに立つ前、ユウは自分自身を落ち着かせるように深呼吸を繰り返し、息を整える。大丈夫。大丈夫だ。
 そして、スタートの合図が鳴った瞬間、彼は自信を持って前に飛び出した。足取りは軽く、呼吸は深く、彼は自分のリズムを取り戻していた。周りの選手たちとともに、彼も全力で走り抜けた。

「ユウ」一瞬、沿道からカオリの声が聞こえた気がした。

 やがて駅伝大会は終わり、ユウは帰りのバスの中で、桜の木の下でカオリと見た夕陽を思い返していた。


次回、桜の季節の約束「約束」投稿予定です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?