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[Short Story] 留守番電話 ≪No.2≫

前作 ≪No.1≫ からのつづき。

3件目のメッセージは彼の父親を名乗る男からで、その内容は、彼がバイクに乗っているときにトラックと接触事故を起こし、病院に運ばれたというものだった。

慌ててその男性に連絡してみると、彼は1ヶ月前に事故にあい昏睡状態だったが、今朝亡くなったという。

彼が入院しているという病院を訪れると、彼の家族が集まっていた。
私が近づくと彼の母親らしき女性が、涙を押し殺しながら歩み寄ってきた。

「さっき息子の携帯に電話してくれていた、彼女ですよね?」

私は頷き、彼女に導かれて彼の遺体に近づいた。
彼の顔にはひどい傷跡があった。

トラックがぶつかってきてバイクから体を投げ出されたときに、運悪くヘルメットが脱げてしまったのだという。

彼の母親が何かを思い出したように、私に小さなしわくちゃの紙片と、小箱を差し出した。

「事故のとき履いていたジーンズのポケットに、これが入っていたの」

紙片を広げるとそれは、私の誕生日に花が届くよう手配した、花屋の予約票の控えで、小箱を開けるとそこには、誕生日とイニシャルが彫られた指輪が光っていたのだった。

体中の力が抜けたように、床に崩れ落ちた。

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自宅に帰り、彼からのメールを眺めてみた。

事故にあう前に、バイクで旅行した先の写真がいくつか添付されていた。
見覚えがある風景だ。

『初めて出会った場所』として添付されていた風景写真は、海を見渡せる旅館の駐車場だった。

彼と初めて出会ったのは、バーではなかったのだ。

会社の社員旅行で行った先に、彼もバイクで一人旅で来ていて声を掛けられ、一緒に写真を撮ったのだった。

その後バーにも訪れ、オーナーに改めて話を聞いてみた。
彼はずっと、私のことを探していたのだという。

言葉もなかった。

その日からどうやって過ごしていたのか、数ヶ月間の記憶はまったくない。


彼の残した留守番電話の声はしばらく残していたが、保存期限が過ぎたのか、いつの間にか消えてしまった。

この胸の罪悪感という名の痛みも、留守電のように、いつか期限がきて消えるのだろうか。


私は、躰の渇きが癒えないまま、今夜も不毛な情事を繰り返す。

「なんで泣いてんの? そんなに気持ちよかった?」

「そう……かもね」

本当は違う。
空虚な躰の関係を重ねてしまう自分への背徳感で、泣いているのだ。


この渇望からは、いつまでも逃れられないのかもしれない。


≪ おわり ≫


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