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震災から10年、今こそ身につけたい「受援力」とは

3月11日、東日本大震災から10年を迎えます。
 2011年の東日本大震災で産婦人科医として妊産婦や新生児の救護に携わった吉田穂波さんは、避難所で多くの人たちと接する中で、「受援力」の大切さを実感したと言います。

受援力とは、「助けを求めて、助けを受ける心構えやスキル」のこと。
 
2010年に内閣府が防災ボランティアを受け入れて地域防災力を高めてもらうためにつくったパンフレット(「地域の『受援力』を高めるために」)に用いられた言葉です。

 震災から10年を迎える今、改めて受援力について考えてみませんか?
 
 受援力の大切さ、また、受援力を発揮することで与える自身と周囲への影響について、『「つらいのに頼れない」が消える本――受援力を身につける』(あさ出版)から一部抜粋してご紹介します。


避難所で出会った「助けて」と言えない人たち

当時、私は産婦人科医として妊婦さんや赤ちゃんの支援をするために、被災地である東北地方に幾度も赴きました。
 避難所で妊娠中の女性や小さな子どもを抱えている人たちに、何か困っていることはないかと聞いても、はじめから困っていることを口に出してくれる方はあまりいませんでした。
 しかし、私のほうから具体的に体調や健康状態について一人ひとりお話を聞いていくと、「実は……」と言って、体調のトラブルや不安に思っていることを話してくれたのです。
 一人暮らしをしていた19歳の女性は、妊娠4カ月であることを避難所の受付で言うことができず、不安でいっぱいなのに、一人でじっと我慢していました。
 また、妊娠39週のある女性は、夫と連絡がとれない中、2歳の長男と77歳の義父を連れ、こんなときに子どもが生まれそうになったらどうしようと、不安と戦っていました。
 他にも、3歳の子どもと室内犬を連れ途方に暮れていたお父さん、産後3週間の子どもが夜泣きで周りに迷惑をかけるのではないかと心配していた女性など、実際には助けを必要としている人がたくさんいました。
 にもかかわらず、「他の人も大変だから」「自分よりも、もっと大変な人もいるのだから自分の困っていることなんてたいしたことではない」と我慢してしまい、SOSを出すことができなかったのです。
 
このような状態でも、気持ちよく頼り、頼られる関係を築くにはどうしたらいいのか。
 私は、人に頼ることに対してハードルが高い今の日本社会に生きる人こそ、平時から受援力を鍛えておかなければならないと痛切に感じました。

両手

受援力は、自分と相手を幸せにする力

「相手の迷惑になるのではないか」
「仕事ができない人間だと思われるのではないか」
「相手の負担になるのではないか」
「こんな仕事を押し付けるなんて相手を軽んじていると思われるのではないか」
「相手を利用していると思われるのではないか」

 人に頼ろうとしたとき、このようにさまざまな不安が湧き起こるかもしれません。
しかし、人に頼ることは、頼られる側にもたくさんのプラス面があります。
 頼られる側のメリットを三つ、ご紹介しましょう。

①自己肯定感がアップする
 人は、太古の昔からコミュニティーをつくって、互いに協力し合い、厳しい自然と戦いながら広大な土地を耕し、衣食住をはじめとした役割を分担してコミュニティーに貢献し、それぞれの生活を支え合いながら生きてきました。
 人は決して、一人では生きることができません。
 そのため人には、「誰かの役に立つ→感謝される→自分に自信を持つ/自分を肯定できる→幸せを感じる」という本能が備わっているのです。
 誤解を恐れずに言うなら、人に頼ることは「人の役に立てた」という喜びを引き出すことと言ってもいいでしょう。
おいしいものを食べたら幸せを感じるように、人から感謝されることで幸せを感じ、それが心の栄養となるのです。
 皆さんも人の力になれたとき、心が温かくなり、うれしい気持ちになったことがあるのではないでしょうか。
 誰かを助けること、頼られることは、幸せを感じる源泉。
「自分はここにいてもいいんだ」と自分を肯定でき、人とのつながりを感じられるからです。

②承認欲求が満たされる
 人は誰かに助けてほしいと思うとき、自分が信頼していない人にはお願いしません。
 次のシーンを想像してみましょう。

 ・あなたが重要な仕事を同僚や部下に頼むとき
 ・自分の子どもを預けるとき
 ・知らない土地で道を尋ねるとき

 このようなとき、あなたはどのような人に頼むでしょうか?
 きっと、重要な仕事は優秀で信頼できる仲間に、子どもは一番安心して預けられる人に、道を聞くときは親切に教えてくれそうな人を選ぶのではないでしょうか。
 その頼みごとが自分にとって重要であればあるほど、信頼できない人にはお願いしません。
 つまり、誰かに頼るということは「あなただからこそ任せられる」という信頼のメッセージでもあります。
 あなたも、誰かに頼られたときは自分の存在を承認されたような気がするのではないでしょうか。
 自分が信頼できる人間として選ばれたと感じ承認欲求が満たされる。そのことで生きるエネルギーが湧いてくるのです。

③心身の健康状態が向上する
 米国の研究では、人助けや利他的なことをすると自己効力感/自己肯定感が高まり、心理状態が改善され、健康長寿につながるということがわかっています。
 たとえば、ピッツバーグ大学における脳神経と行動心理学に関する調査では、自分がサポートを受けるよりも他人をサポートするほうが、よりストレスが軽減したという結果がでました。
 人を助けることで得られる「ご褒美」のような幸福感は、難しい数学の問題を解くのを手伝ってあげるような事柄から、ビジネス、教育、社会的なサポートに至るまで幅広く見られます。
 誰かの役に立つことで、人は自分が認められていると感じ、心身の健康状態が向上するのです。
 さらに、ミネソタ大学における研究では、他の人を助けることで自己肯定感が向上し、コミュニティーにおける絆が強まることが明らかになっていますし、人は自分の仕事が人助けに関わっているときほど、自分がしている仕事にやりがいや意義を見出せる、という調査結果もあります。
「他人を助けることが、実は自分自身を助けることになっている」という概念は、古今東西さまざまな書物の中でも見られるテーマであり、アメリカの作家/ラルフ・ワルド・エマーソンもこんな言葉を残しています。

“It is one of the most beautiful compensations of life that no man can sincerely try tohelp another without helping himself.”
(誰であれ他人を心の底から助けようとすれば、必ず自分自身をも助けることになります。それは人生の最も美しい報酬の一つなのです)

 これらの科学的・文化的な根拠を見ても、あなたが誰かに助けを求めることは決して相手の時間やエネルギーを一方的に搾取することではないのです。
 人に頼るとき、「相手の迷惑になるのではないか」と、つい不安を感じてしまいがちですが、頼ることは実は「頼られる相手にとってもメリットがあること」なのです。

今こそ、受援力を身につけよう

いかがでしたでしょうか。
頼ることは決して相手に負担を強いることではありません。
本書の中では、受援力を身につけるための実践トレーニング方法も多数紹介しています。
頼りたくても頼れない、という人はぜひ、実践してみてください。
皆が受援力を身につければ、災害が起きたときなどの非常事態時はもちろん、普段の毎日もより幸せに過ごせるはずです。


【著者プロフィール】
吉田穂波(よしだ・ほなみ)
医師・医学博士・公衆衛生修士
三重大学医学部卒業。聖路加国際病院で臨床研修ののち、2004年、名古屋大学大学院医学系研究科で博士号を取得。その後、ドイツとイギリスで産婦人科及び総合診療の分野で臨床研修を行い、帰国後は産婦人科医療と総合診療の視点をあわせ持つ医師として女性総合外来の創設期に参画した。2008年、ハーバード公衆衛生大学院に留学し公衆衛生修士号を取得、同大学院のリサーチフェローとして少子化対策に関する政策研究に取り組む。2011年の東日本大震災では産婦人科医として妊産婦や新生児の救護に携わる。このとき、「受援力」の大切さを痛感し、多くの人に役立ててもらいたいとの思いから、無料でダウンロードできるリーフレット『受援力ノススメ』を作成。国の検討会や多数の講演に呼ばれるほか自治体研修等で「受援力」を学ぶ場作りに取り組む。現在、神奈川県立保健福祉大学ヘルスイノベーション研究科教授。4女2男の母。




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