「あのとき」の影が忍び寄る

「やめたい」
そう思ったこと、無数。
「無理だ」
そう思ったこと、何度も。
「もうだめかもしれない」
そう思ったこと、3回。

堰を切ったかのように、思いが溢れ出した。それなのに、身体にも心にも、思いを形にするほどの力はもう残っていなかった。積み上げ尽くして突然溢れた雑多な感情に、自分でもどうしたらいいかわからなかった。職場は休職ののち退職。突然消えてしまう迷惑なヤツと思われたり、ナースは続けてねという声掛けだったり、何にせよ開封していない手紙のごとく心の隅に置いてある。

看護師になって5年目、実際は4年も働けていない。
ナースのお仕事みたいなおたんこナース、あれはあれで手に負えないキャラクターだけど、病むよりは余程健全だと思う。おたんこナースの方が健全といえるほどには、精神を病んで消えていく人が多い世界だ。

それなのに、なぜまた白衣を着てしまったのだろう。鏡越しに白衣姿の自分を日々訝しげに見る。もちろん答えは見えないし、見えるのは日に日に濃度を上げていく目の下のクマだけである。白衣の天使なんか幻想も幻想、足は臭いし、白衣は汚いし、目は死んでいるし、いくら天使とはいえ本物の天使に殴られそうなくらいやさぐれてしまっている。


辞めたいよね〜
レジ打ちしたいよね〜
新人がさ〜 師長がさ〜

少し高いランチを頼んだあと、友人が一方的にぼやき始める。飲みたくもないお冷を流し込みながら、右から左へ聞き流す。プリセプターと看護研究が同時に降ってきた友人は、こうして会ったりラインを送ってきたりとブツクサ言いながらも市内の野戦病院でバリバリと働いている。愚痴をこぼしながらも日々働けている彼女を羨ましく思いながら、セットでついてきたサラダをつつく。こうして誘い出してもらわないと、サラダも食べないような不健康な食生活であることに気づいて、また少し落ち込んだ。

気がつけば7キロ痩せた新人時代。
気がつけば11キロ太った病棟時代。
ナースを辞めて、9キロ痩せた。またナースになったが、体重は安定しない。嗜好も日々変化著しく、どんどん食べられるものが減っていく。

一度ぶっ壊れたメンタルは、ネジがトチ狂ってしまうのだろうか。
狂ったネジがキュルキュルと空回りしている音を聞くと、不安がもくもくと湧き上がる。「あのとき」とはこれからもずっとずっと付き合っていくのだろうけれど、実はまだ受け入れられていない「あのとき」の影には怯えるばかりである。

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