2.練習の負荷を設定する際の目安として ──ACWRを活用したコンディショニング(月刊トレーニング・ジャーナル2023年6月号、特集/トレーニングや練習の負荷をどのように設定するか)


土屋篤生・帝京平成大学人文社会学部

トレーニングや練習の負荷の急激な上昇をモニターするうえで指標となるACWR。土屋氏に、負荷設定をどのように行っているか、とくに練習再開後に気をつけていることについてお聞きした。

比較的新しい概念

 トレーニングや練習において、選手にかかる負荷を設定するにあたって、ACWR(Acute Chronic Work load Ratio)というものがあります。このACWR自体は、比較的新しい概念です。なぜこのような考え方が生まれたかというところから話していきましょう。

 いかにアスリートの負荷を管理するかということは、昔から盛んに研究が行われていました。その中で1990年代にGunnar Borgらを中心にRPE(主観的運動強度、rating of perceived exertion)を用いた研究が多く出されました。内的な指標である心拍数と、主観的なRPEが割と一致するのではないかというデータがこの頃に示されています。それ以来、選手の負荷をRPEで見るアプローチはスタンダードとなっています。

 負荷はその見方が大事となります。とくに、相対負荷ということ概念が重要でありその1つの方法論がACWRとなります。ACWRというのはそれまでの期間(多くは4週間)経験してきた負荷に対して、相対的にこの1週間(今週)はどのくらいの負荷なのかを見るという考え方です。仮に1カ月間、ほとんどオフに近いような感じだったとしたら、その週に「普通」の練習を行うと相対強度が非常に高くなりますが、もし1カ月間かなり厳しい練習をやり抜いてきた場合、同じ「普通」のメニューの相対強度はかなり下がります。この相対負荷という考え方自体はACWRという用語がつくられる前からあったものですが、そのあたりの研究が本格的に進んできたのが2000年代以降であり、一番の転換点で僕が参考にしてきた研究が出始めたのも2000年初頭です。

 オーストラリアのTim Gabbettらのグループが先駆者としてその流れを牽引してきました。彼らの研究ではACWRが急激に高くなった際にケガが増えるというデータをかなり出しています。いろいろな論文でそのことについて語られてきていますが、オーストラリアなのでラグビーやクリケットなどが対象となった論文、そしてそれを追うようにサッカーなどでもさまざまな論文が出始めます。この流れが2010年代にかけて盛んになってきます。Gabbettらが強調して言っていたのは、絶対負荷、つまり今日きつかった、今週きつかったというところは必ずしもケガの因子にはならないだろう、そこではなく相対負荷で捉えるべきである、ということです。Gabbett先生が「ACWR」という用語をつくったのかどうか、はっきりしませんが、そこからACWRが概念として確立してきたと思われます。

 どうしても直感的には、負荷が高いとケガをしやすいという考え方になりがちですが、むしろクロニックワークロードは高く保てたほうが、比率なのでACWRは下がり、選手の身体をケガから守る鎧のようになるということになります。矛盾するように聞こえるかもしれませんが、選手に適切に高負荷を与えていくことが、ケガから遠ざけることになるんだということをおっしゃっています。

 システマティックレビューの結果ではないのですが、関連した論文を集約した上で彼が言っているのはACWRが0.8〜1.3の間に収まるとかなりのケガが防げるであろうということです。僕も当時からずっと追っていたわけではありませんが、これがおそらく火付け役となり、「ACWRは0.8〜1.3だ。1.5を超えるとデンジャーゾーンだ」という形でかなり広まりました。ACWRの発展としてはまず、このような流れです。

批判的な見方も

 ただし、その時期の論文を見ても一貫性が見られるわけではなく、上記のような流れに当てはまらないデータも結構出ているな、当てはまるものもあれば当てはまらないものもあるな、そのように僕自身も思うことがありました。現場の方と話していても、ピッタリ当てはまるという人もいれば、よくわからないという方もいて、どう解釈すればよいかと悩んでいたりします。

 そもそもACWR:0.8〜1.3という数値自体は、客観的で厳格なプロセスを経て出てきた数字とは言いにくい、ということは意外と知られていませんが重要なポイントではないかと思います。のちに批判に晒されることにもなりますが、集めたデータにある程度バイアスがあるのではないか、さらに言えばRPEをベースにして出しているということが多いのですが、RPE自体もそもそも主観的であり、その辺りもどうなのかということが出てきているのが現状ではないかと思います。

単独ではなく統合的に用いる

 僕自身はACWRの概念を学び、スポーツ現場で使い始めたのが2019年、コロナ前だったと思います。データをとりながらさまざまなタイミングでアップデートしようと文献を読んでいくと、ここ最近は割と批判的な人も増えてきているという感じがします。BJSM(British Journal of Sports Medicine)など権威あるジャーナルでも批判的な論文が出ています。その批判の大部分は、ACWRが算出されるプロセスに問題があるのではないかということですが、一番大きいのはACWRそのものがケガ発生の予測ツールのような捉えられ方をしていることに対して危機感を表明しているものが多いと思います。

 たとえばオーストラリアのAIS(Australian Institute of Sport)という日本ではJISS(スポーツ科学センター)のようなところでは、一時期はACWRをスポーツ外傷障害のリスク因子として測定・活用することをステイトメントとして推奨していましたが、ここ最近は、データとしては否定しないが外傷障害発生のリスクの因子として活用することについては推奨しない、という声明を出しています。そういう状況もあり、今後の流れとしては、ケガの予測ツールとして単独で使うということは避けるべきという考え方が広がっていくのではないかと思っています。

 ただし、ケガの単独因子ではなく、複数因子を統合的に扱うためのいくつかのツールの中の1つとしては依然として有用であろうということになります。

 さらに、ハイパフォーマンスを達成するためのデータとしてもおそらく有用であり続けるでしょう。ただし、このACWRが1.5を超えるとケガが多いとか、0.8〜1.3の中に収めないとまずいというようなことではなくもう少しソフトな扱いになっていくのではないかというのが現在の流れです。

 本来、ACWRは、いきなり負荷が高くなるのを抑える歯止めとしての役割を担ってきました。古代ギリシャで、クロトンのミロが家畜の牛が小さい頃から毎日持ち上げていたという伝説がありますが、もし彼のACWRを横断的に取っていたら非常に低い値、おそらく1付近で抑えられただろうと考えられます。まさにそういう感じで、少しずつ負荷が増えれば、人の身体はそれに対してアダプテーション(適応)する、そのアダプテーションを待ってさえいれば機械的な破綻は起きないはずだ、という考え方です。

練習再開にACWRを

 そして、語弊があるかもしれませんが、まさに新型コロナウイルス感染症対策が負荷管理の実証の場となりました。私のチームでは春先に活動休止が決まってから夏前までは全く活動ができず、オンラインでトレーニングをする程度でした。夏以降、いざ集合してトレーニングを再開する際に負荷をどうするかという話になりました。つまりACWRでいえば4週間のデータがほぼゼロに近い状態ですから、ゼロに何をかけてもゼロということが起こります。その状態からの練習再開について、なかなかエビデンスのあるガイドラインはありません。10%ルールと呼ばれる、10%くらいずつ負荷を上げていくとよい、というような考えもありますが、それもまさに感覚的といいますか、概念としては漸進性の法則であり、なぜ10%なのかと言われたときにはエビデンスはありません。

 ここで相対負荷の概念を活用して、全体トレーニングをスタートする前に、個人トレーニングをどのくらい積んでおくことができるか、ということに注目します。実際にチーム全体で集まる2〜3週間前から、その再開日での練習の負荷を逆算し、開始の日に合わせてある程度トレーニングを指示し個々で実践してもらったことで、スタートしたときにそれなりのトレーニングをすることができました。ただし、実際にはACWRは1.3には全く収まらず、1.5も超えるくらいでした。

 さまざまなガイドラインで言われていますが、急激にガツンと負荷を上げないようにするためにも、その前の時点でなるべく負荷を上げておくのは重要だと思います。

リハビリテーションでも

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