開設から10年、体育とスポーツの図書館(月刊トレーニング・ジャーナル2019年6月号、Special Report記事)


成瀬 徹・体育とスポーツの図書館館長
出原泰明・体育とスポーツの図書館理事

愛知県豊田市足助(あすけ)町は、伝統的建造物が保存された町並みや、近くには香嵐渓(こうらんけい)という観光名所がある場所である。ここに、体育とスポーツ分野に特化した図書館がある。「体育とスポーツの図書館」と名付けられた図書館の開設および運営に携わってきたお二人にお聞きした。

──どのような経緯でこの体育とスポーツの図書館をつくろうと思われたのですか。

出原:ベースは私たちがやっている体育の研究会です。もともとは退職間近の私たち自身の蔵書をどうするか、というところから考え始めました。研究会の愛知メンバーが集まっては話題に上がっていまして、いっそのことみんな集めてしまおうと広く呼びかけたのが最初でした。

 名古屋大学内につくろうという案もありましたがうまくいかず、豊田市の教育委員会に頼んで廃校を活用しようという案もありました。場所を模索する中で、現在館長の成瀬がたまたまこの町の住民だったため、この土地が空いているという情報を得て、ここをお借りする契約を結ぶことができました。当時建てられていた築百年超の古民家を改修し設立にこぎつけました。

 今年で20年契約の10年目になります。スポーツの専門図書館という施設では秩父宮記念スポーツ博物館内の図書館がありますが、民間では初めてです。


写真1 体育とスポーツの図書館の外観。細い坂道を登った先にある


(参考)
https://www.youtube.com/watch?v=8ybAqt0FYeQ&feature=youtu.be




──その後はスムーズだったのでしょうか。

出原:実は、当初8000冊くらいあった本をここまで上げることを、あまり考えていませんでした(少し高台にあるため)。大工さんに頼んで瓦を上げるときに使うリフトを設置してもらい、何とか第一段階の本の納入を終えました。その後、寄贈を受けたときは学生にアルバイトを頼んだり、ひと箱、ふた箱なら宅配業者さんだったり、人力で運んでいます。だんだん存在が知られてきて、全国のあちこちから寄贈されて送られてきまして、現在では3万8000冊くらい集まっています。最近は処理が追いつかないのが悩みです。


写真2 昔の建物が残る足助町。歴史的な景観を歩く

──本が寄贈されたら、どのようなことをするのですか?

出原:まず寄贈された方のお名前、そして全体を通しての番号、資料などの分類をつけて、外部から検索できるように登録します。ISBNのついていない古いものはすべて手入力するしかなく、図書館の実務作業については素人ばかりなので大変です。本当は司書さんがいてくれればよいのですが、自分たちでやらねばならない状況です。


写真3 スポーツ用具が並べられている

──ボランティアでやられているのですね。

出原:当初は週4日オープンしていたのですが、人手が足りないため今は金土日のみの開館となっています。ほぼ10人のスタッフが交代で詰めています。

 財政的な理由で新刊書が買えないのも悩みです。本当は「話題の新刊」のようなコーナーを設けたくて、この本が欲しいなという案内を新聞広告などで見つけることもありますが、買えません。存じ上げている著者の方であれば手紙を出して、寄贈いただくこともあります。最近はオリンピック関連の新しい本が次々に出ていますのでそれも並べられたらとは思いますが、なかなか思うようにはいきません。


写真4 体育科教育分野の書籍

──補助金などの活用は考えていますか。

出原:運営の資金はサポート会員制度に支えられています。年会費5000円でリターンなどはとくになく名誉だけなのですが、それでも70人くらいいてくださいます。あとは寄付もいただいています。退職金の一部を10万円単位で寄付してくださる方も年間で何人かいらっしゃるので、その2つが柱です。

 金融機関やスポーツ用品メーカーによるNPOへの補助にも何回か応募してみましたが、採用されませんでした。

成瀬:儲けることは苦手な人ばかりなんです。一度だけ豊田市のわくわく事業という補助金を取ったのですが、当然、補助金の使途には制限があり、「地域活性化への貢献」が最優先されます。もちろんそれもわからなくはないですが、私たちが使いたいところに使えないというジレンマの中で立ち尽くしているというのが実情です。


写真5 1964年の東京オリンピックの資料

──地元の方からは何か反応がありましたか?

出原:歴史的なものを大事にする、という風土のある町です。図書館をつくったとき、町の人に公開して来てもらったのですが、古い本をきちんと管理することが目的と知った方々に好意的な反応をいただけました。「つきよのコンサート」とか、花火を見る会とか、さまざまなイベントを行って、地域貢献を心掛けています。先日開催したひな祭りのお茶会は、150名ほどが来てくださいました。

 事務室の隣に囲炉裏がありまして、研修会をやった後に交流会をしたりしています。講演いただいた講師の方からは、「ここに住みたいなあ」と気に入っていただけました。囲炉裏は成瀬館長のこだわりです。


写真6 アメリカの野球などに関する資料も

──外部の方に対しては、研修会なども行っているのですか?

出原:いろいろな研究会をやっています。参加する方はそれこそ北海道や九州から来て、皆さんびっくりされています。図書館というと鉄筋コンクリート造りで駐車場もちゃんとあって…というイメージですが、最初の坂道でそれが崩れてよいほうに変わるようです。

 また、博士論文を準備している方が地元の旅館に泊まり込みで利用することもあります。

成瀬:地元の旅館と提携して「スポーツ図書館ゼミパック」というプランがあるんです。

出原:あとは大学教員が、自分のゼミの学生を連れて合宿を行うこともあります。卒論の最初はテーマ探しで学生がいちばん悩みますので、ここへ連れてきて、「自由に見なさい」と。ここは展示の仕方がきっちり整理されていないので、関係ないように見える本が同じ棚に入っていてアンテナが広がっていくというのがあります。たとえばサッカーなら、技術指導とか、有名な選手の本と同時に、サッカーの文化論や、ヨーロッパの国ごとの違いといった本がまじり合っていますので、その点ではあまり細かく分類していない強みがあります。


写真7 釣りに関する書籍

──どんなジャンルの本がありますか。

出原:寄贈される方の範囲が広がるほど、集める本の種類も多くなり、私たちが予期しないようなジャンルの本も送られてくるようになりました。たとえば釣りに関する書籍。釣りも重要なジャンルですが、これまで釣りの本はありませんでした。寄付してくださったことによりジャンルが広がったのです。他にも山の本や民俗舞踊の本など、一般の図書館ではあまり扱わないようなジャンルが増えてきました。

成瀬:まだまだ未整理の資料もたくさんあります。近所の方が坂の下に倉庫をお持ちで、貸していただいているのですが、それらをすべて整理すると4万点を突破するのではないかと思います。

出原:図書館をスタートした10年前はまだ若かったので私自身で本を配架していて、どの本がどこにあるとわかっていました。問い合わせがあったときにも一発でそこへ行けますし、学生や院生が来て「こんな本ありますか?」と聞かれたら即「ここです」と案内できたんです。今はだんだんわからなくなってきています。

成瀬:本だけでなく、体育の授業で使ったプリント1枚も1点の資料として扱っています。よって探すとなると難しいです。

出原:これは他の図書館にない特徴で、教育実践の、教師自らが綴った記録ですとか、研究会で使ったレジュメなどもあります。それこそ100年後までに残るとしたら、20〜21世紀の教師が何をしてきたかという歴史資料となります。100年前のイギリスの文献がここ、日本の足助町にあるのですが、残っているというのは誰かが続けてきたということです。私たちも今の資料を100年後に残したいと考えています。もちろん次世代にどのように引き継がれるかはわかりませんが、文献を保存するというのもここの重要な使命だと思っています。それを踏まえて寄付してくださる人がいれば、と思います。

 これらがきちんと整理されて系統的に見ることができるようになれば、歴史資料としては一級だと思います。広くは新聞がその役割をずっと果たしてきましたが、それだけでなく現場の教師などが記録をたくさん残しています。それはスポーツ界のコーチャーが残している記録類や研究メモと同じです。それらもきちんとどこかで残す必要があるのではないか、と考え始めると、この施設だけでは足りなくなってきます。


写真8 中村敏雄文庫

──今後の方向性は何か考えていますか?

出原:なかなか見えないのが現状です。先述のように収容量に限界が来ていまして、床が抜けないよう補強は入れてもらいましたが当初より書架の数が倍くらいになって、どうしようかと悩んでいるのですが、悩むこと自体が楽しいです

 スタッフに若い人が入ってきていますので、運営の在り方も変わってくると思います。地元の方が入ってきたり、今までは体育・スポーツの専門家や教師、研究会のメンバーが中心だったのですが、スタッフの層が広がればだいぶ変わってくると思います。

成瀬:淡路島にもスタッフがいて、協力してもらっているのですが、たとえばNPOはこのままにして淡路島に関西館をつくるとか。国会図書館も関東・関西とあります。そういうふうにできないか、と雑談ですがしています。他にも実家が空き家になっているという人がいるので、そういった別の場所を借りることができたらと。足助のここを広げるのは景観条例というハードルがありますので難しいのです。

出原:分館にして、たとえば球技系は淡路島に集めたりとか、地域の特徴ごとにクローズアップしてもいいのではないかと思います。突拍子もないかもしれませんが、あちこちに分館ができれば面白いはずです。

成瀬:組織はすでにあって、これから立ち上げる必要もありません。条件さえ整えばこれまでより広げやすいと思います。

出原:ほかのNPOは、ミニ図書館という地域ぐるみの活動など、私たちが思いつかないような発想の取り組みが多いです。分館の構想など人が聞いたら笑うようなものですが、ひょっとしたら実現する可能性があります。あと数年はここで持ちこたえられますので、その間に新しい価値が出てくるかもしれません。

成瀬:本の重さに建物が潰れるまではあと2〜3年というところでしょうか。でも私たちの活動をもっと広めていこうという気持ちはまだまだあります。


写真9 アナウンサーの方からの寄贈。新聞の切り抜きなど

──やはり、やりがいがありますか。

出原:やりがいがあるとか社会的な意義があるというよりも自分たちが楽しいと思える活動であり、それが社会貢献につながっていると思えば、老後の活動としては最高だと思います。

成瀬:ほんの少しは世の中の役に立ちそうですし、楽しいです。こう言ってはなんですが教員のときよりもよく勉強するようになりました。こんな本や資料があるのか、と知らないことばかりで恥ずかしいです。いろいろな角度から人間の身体や運動を見ると、「そうだったのか」という発見が今なおたくさんあります。

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