イグアナ3

「こんな平日の午後で仕事の方大丈夫だった?」
真一郎が少し心配そうに聞く。
「大丈夫だよ!私普段無遅刻無欠席で、有休が沢山残ってるから。」私は笑顔で応える。
真一郎は私の言葉を聞き笑顔を見て、安堵の表情を浮かべ、
少し躊躇う表情で私の瞳の奥を見つめ、言葉を選びながら
「優子さん、実は君にお願いしたい事があるのだけど、僕の願いを聞いてくれませんか?」
「は?突然何?喋る言葉も敬語になって。」私は戸惑いを隠せない。何か悪い事に巻き込まれるのではないかと身構えた。

真一郎は、ふふっと笑い
「優子さん、今ものすごく怪しいって思ったでしょう?確かに怪しいお願いなんだけど。犯罪に加担するとか、そういうことじゃないから。」
「じゃあ、何?」やっぱり疑いの思いは変わらない。
「あのさ、僕イグアナ飼ってるってチャットで話したよね。実は僕の会社潰れちゃったんだよ。会社の社員寮で密かに飼ってたんだけど。その寮もあと10日で出なくちゃ行けないことになったんだ。」
真一郎は、ここまで話すと、水を一気飲みした。私はあんぐり口を開けたまま、彼の様子を見つめる。
「仕事は、今ハローワークに通って探してる。ただまだ半年前のコロナ騒ぎの影響で中々見つからない。頼みというかお願いなんだけど、僕が仕事を見つけて家を見つけるまでの間、イグアナを預かって欲しいんだ。」

私は更に躊躇う気持ちが顔に出る。
「私、爬虫類大好きだけど、イグアナの飼い方も何にも知らないよ。」
「それなら安心して!僕がちゃんと教えるから。それにイグアナは、そんなに世話はかからない。大人しくて穏和な性格だし、動物臭もない。優子さん前イグアナ飼ってみたいって言ってたよね。」
「餌やケージはこちらで用意するから。頼むよ!」
まるで神様に縋るように両手を合わせる。
私は、断わる術を無くした。
「わかった。イグアナは任せて!でも真一郎さん、寮を出るんでしょ!新しく住む家すぐ見つけられる?」
「うーん。すぐには無理かも。その間はネットカフェを利用するよ。とにかく次の優子さんが休みの日に、このカフェでイグアナを預け渡す。それでいいかな。」真一郎の瞳に少し希望が見えた気がした。
私は少し躊躇う心を隠し、
「わかった。でもさネットカフェでずっといるのって住所不定になってちゃんとした仕事みつけにくくない?
」また余計なお節介を口にする。
「もし真一郎さんさえ良かったら、私の家に来る?ただ仕事と住むうちが見つかるまでという限定で。」
躊躇う表情を浮かべたのは、今度は真一郎の方だった。
「僕達まだ初対面だよ。それに僕は一応男。馬の骨ともなんとも分からない奴を簡単に家に入れる?親が聞いたら驚くよ。」
「多分うちの親は、そんなことで驚かないと思う。だって、母は、私の高校時代の同級生と結婚したんだもん。その娘が困ってる人がいて、助けになりたいって話せばきっと泣いて喜ぶよ。」ふふっと笑い私は言葉を続けた。「突拍子のないことをする母娘。だから大丈夫だよ!」

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今はまだ修行中の身ですが、いつの日か本にしたいという夢を持っています。まだまだ未熟な文章ですがサポートして頂けたら嬉しいです。