イグアナ5

私たちが家に帰り着く頃には、日がどっぷり暮れていた。
アパートの鍵を開け、そそくさと中にはいり、玄関のライトをつける。

「寒い!すぐにエアコンつけるからね。早く入って!」
遠慮がちに、中にはいり、靴を脱ぎ、脱ぎっぱなしの私のパンプスまできちんと揃えたあと、ケージと、リュックを背負ったまま、
中に入る。
「お邪魔します。」玄関のすぐそばがユニットバスと小さな下駄箱、そこを通り抜けると、3畳ほどの広さのキッチン、その奥は8畳程の広さの個室。
1人でも暮らすには、充分な広さだ。
私は部屋の明かりをつけ、
「ようこそ!マイスイートホームへ、」と少しおどけて見せた。何も無い部屋で驚いた?
目で訴える。

しばらくの静寂。本当に何も無い殺風景な部屋だった。
あるのは、シングルベッド、その前にソファーと小さなテーブル。
「イグアナさんは窓辺に置いてあげて!南向きの窓だから、昼はお日様が当たって暖かいから、後、真一郎さんはソファーで寝てもらえる?一応毛布は用意したから」
真一郎は、ケージを窓辺に置いた。
「僕は、寝袋あるし、キッチン隅っこでも良かったのに。気を遣わせて悪いなぁ。」本当に申し訳なさそうな顔をするのを見て、この人悪い事出来ない人だなぁと、直感的に思った。

駅の近くのコンビニの弁当を二人でつつく。イグアナには家にあるリンゴを角切りにして与えた。
「そういえば、きちんと自己紹介もしてなかったね。僕は中村真一郎。割と有名な製パン会社に勤めてた。24で、今は求職中です。」
「へぇパン!作ってたの?私パン大好きなの!パンと美味しいコーヒーさえあれば生きていけるって感じ。」
「パン作るって言ってもほとんど機械でだけどさ。僕も焼きたてのパンの匂いが好きで、高校を卒業すると同時に田舎を出てその後ずっと働いてたんだ。まさかこんな事になるなんて思いもしなかった。」
「それは慌てたね。突然、仕事と住む家を無くして、」
半年前の非常事態宣言がまだ尾を引いていた。「だから、イグアナだけでも、何とかしようと思ったんだ。多分、君がいなかったら、イグアナをベットショップの前にでも置いて行こうかと考えてたんだけど。君は、僕達の救世主だよ。」彼の瞳に、光るものが見えた。
それを気付かないふりをして、私は自分の自己紹介。
「私は、田中優子、ありふれた名前だけど、私の父が優しい子に育って欲しいとつけたって母から聞いた。年齢は、23、私も高校を卒業と同時に服飾関係の会社に就職したの。服飾とは全く縁のない一般事務。いつも、パソコンとにらめっこする仕事。この前も話したけど、母は、突然結婚したの。私と同じ歳の旦那。猛プッシュされたらしいけと、普通断るでしょ!」
真一郎はクスッと笑う。
「そのお母さんが育てた娘だから
こんな突拍子のない行動をとるだ!納得!」
私は言い返す言葉を無くした。
「ところで、イグアナさんの名前は?」
「みどりさん」あまりにも単刺名前に
私は笑いが止まらない、彼は不思議そうに私を見つめる。「みどりさんか!見た目通りの名前だね。」
くすくす笑いが止まらない。彼は更に不思議そうに見つめるだけだった。

「それじゃ、真一郎さん、みどりさん短い間とは思いますがよろしくお願い致します。」丁重に挨拶する私に恐縮した真一郎は
「できるだけ早く出ていくから。それまでよろしくお願い致します。」その後、二人顔を見合わせ笑いあった。

趣味の合う友達とこんなに心を開いたのは、何年振りだろう。その後、夜空がシラケるまで爬虫類の話で盛り上がった。来週から私は、いつも通り仕事に出かけ、真一郎は仕事探し。私はこのまま時間が止まればいいのにと、この時願った。

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今はまだ修行中の身ですが、いつの日か本にしたいという夢を持っています。まだまだ未熟な文章ですがサポートして頂けたら嬉しいです。