見出し画像

2023年『旅路の色』 色は私を言葉にする。

毎年作っている5つの色で物語を紡ぐ連作。2023年は「旅路の色」がテーマです。夏休み。電車に乗って東北を1500km旅していきました。

青森県、岩手県、秋田県、山形県、宮城県、福島県、茨城県、栃木県、千葉県、新潟県、群馬県、埼玉県、東京都、神奈川県。鉄道路線図を購入して、ぐるっと周遊できるレールを地図を結んで行く。毎日調べながらどう電車を組み合わせるか。最終的に切符で繋いだ総乗車距離は1500kmを越えていました。

新青森まで繋がる「はやぶさ」。三味線ライブがある「リゾートしらかみ」。秋田から新潟まで日本海沿いを走る「いなほ」。美しい緑が連なる橅の森を抜ける「つばさ」。都会を突き抜ける「つくばエクスプレス」。

ひとり旅。本を片手に、読書をしたり車窓を見たり。ただ、静かな自分だけの時間。そんなちょっとした好奇心が、気付けばこんな長い旅を作っていました。

旅立ちの朝。夫は関西へ旅に出たので、夫婦の挨拶は「それではまた。帰ったらお互いの旅の話をしましょう。」と真逆へ出発していく。

東北電車の旅MAP

旅から帰ってきて、ずっと記憶を心の中で整理していく。溢れては零れる色の中。いくつかの夜を眠ると、夜の数ごとに不要な記憶は消えていく。そして最後に残ったものだけを集める。私の記憶の集め方はとても時間がかかる。

身体の中に残った色たちは目を瞑るとよみがえる。言葉より正確に。写真より現実のような。私は色を覚えていくのがとても好きなのだと思う。色は私の言葉で、色は私を言葉にする。

2023年の「旅路の色」は全部で8色になりました。

旅路の色

061 鴎だけがいる海

鴎だけがいる海

新青森駅から新潟まで。日本海をひたすら見る時間。少しの雨と曇りと時々晴れと。あまり海には人影がなく。鴎だけが海岸の岩の上を小さく歩く。「リゾートしらかみ」は千畳敷海岸でしばらく停車してくれる。15分下車ができ、畳のように隆起した岩を散歩できる。岩の上に一羽の鴎がずっといて、空なのか海なのかを見ていた。日本海の少しくすむ蒼に鴎だけがいる。その風景が記憶を小さくバラバラにしていくような不思議な感覚があった。その感覚が気持ちよかった。

062 眠り流し

眠り流し

大学の前期に「睡眠学」を取ったので、日本の睡眠にまつわる民話や歴史、祭りなどを習う機会があった。その中ですごく惹かれたのは「眠り流し」だった。初めて見るねぶた(ねぷた)は強い朱色を持っていて、その朱の強さと睡魔を流す儀式に、夏の短い夜の人々の熱の籠もった声が聞こえるようだった。真夜中が好きな私には毎晩が眠り流しのようで。夢にも出てきそうな朱色だった。

063 祭りの後に

祭りの後に

新青森駅に着いたら、すでに陽も沈んでかなり夜も更けてきていた。駅の近くの車窓でも、角丸の四角い車窓の向こうは真っ暗な夜。電車の車内だけがすごく明るくて光のコントラストに飲み込まれそうだった。駅からホテルまでの道も、飲食店や店が閉まりはじめていて街が眠ろうとしていた。その風景は祭りが終わった後の夜のようだった。大都会の眠らない街とは違う、眠る街。ちゃんと眠る街に浮遊するような安堵感があった。月や星がよく見えて怖い暗さではない。闇が気持ちいい。遅い時間に露天風呂に行ったら、今日という命の祭りが終わるような気がして真っ暗な闇の中に、微かな気配のようなものを感じて嬉しかった。自然の気配なのか。時間の気配なのか。それは、祭りの後のような静けさ。

064 黄金(こがね)色の稲穂

黄金(こがね)色の稲穂

ちょうど旅をした時期。東北では稲刈りが始まったり終わったりしていた。車窓から見える美しい規則正しい整列をする黄金の稲穂が本当にキレイだった。稲穂はもっとベージュやイエローをイメージしていたけれど、本当の風景は黄金色だった。そうかと。こんなに黄金だったのかと。太陽の光が斜めに照らす。少しずつ違う黄金が長方形のマスにびっちりと並ぶ。どこまでも続く規則正しい美しさにルービックキューブを合わせようとして合わないみたいな感じがして好きだった。合わないからキレイなんだと気付けた。

065 林檎畑の土

林檎畑の土

青森の林檎畑をみるのを楽しみにしていた。とある街が林檎畑の真ん中にある。もっと林檎が見えるのかと思っていたら高低差なのか木が生えている土がよく見えた。その土が寒さでもリンゴを赤く実らせるだけのチカラがあるのだと感じたら、林檎の木より土に見入ってしまった。私の心に林檎畑の土がずっと残った。私の心に残っている傷のようなものが土で癒されていく。土ってすごいなぁと思った。

066 明けぬ夜の忘れ物

明けぬ夜の忘れ物

ここのところずっと都会にいたせいか、夜はちゃんと暗くなることに鈍くなっていた。東北の旅は夜が早い。そして空は広くきちんと暗い。夜中に目が覚めて、ホテルのカーテンを開けてペットボトルの水をコップに注いでごくごく飲みながら景色をみていた。まだ朝の気配もない明けぬ夜。そこには人がいなくなった建築とか公園とか道とか、人のことを街が忘れているように見えた。明日になればまた街は街になる。でも真夜中だけ、街もちゃんと眠り、何かを忘れていく。

067 橅が謳う森

橅が謳う森

山形の天然の橅の森の中を電車が通り抜ける。圧倒的森のなかで自分も電車も線路も全部が小さくて、森に溶けてしまうような気がした。人間って小さいし、自然って大きいなという当たり前の命の営みを体験すると思い出す。天然林の橅は本当に素晴らしい。美しさに色を追いかけるので精一杯になる。心は色をスケッチする。暗記とも違う。身体に全部違う色のミドリの橅を植えていく。こんな綺麗な木がこんなにたくさん生えているのかと感動した。橅々しいという言葉が生まれた。

068 旅の終わり

旅の終わり

最後に乗った電車は肉体も気持ちもちょっと疲れていた。もう本も読めないくらいの疲労感で、耳に刺したAirPodsから音楽を聴いてぼーっとするのが精一杯だった。ふとサングラスを外すと、太陽が沈むところだった。今日が終わるのと、旅が終わるのが同じ。大きなオレンジと黄色の混ざった強い光。地球から見て一番大きな星は、明日を待つ地球の別の場所を照らすために移動していく。まぶしさと終わりがちゃんとあることの嬉しさを光の色に噛みしめる。夕焼けで旅が終わることを祝福してもらっているようだった。



東北をぐるっと回る1500kmの旅は自然の美しさを私に教えてくれた。教えたというより思い出させてくれた。本を読む以外することがないので、ずっとひとりで考え事をしていた。時間だけは無限にあって、風景と電車の振動とを味わいながら、心の深い場所へ内省しにいく。

自分の内側へ入っていくのと、遠い場所へ移動するのは鏡合わせの同じ作業のように感じた。旅が前に進むと、私は記憶の過去へ戻っていく。今という場所が鏡になる。

悲しみや喜びや混乱や忘れていたなにかをうっすらぼんやりと思い出していた。同じ絵は1枚もない美術館のような車窓は、もう次にここへ来るのは何年か後になるし、もう一生来れないかもしれない。それでももったいないと思わない。ただ、今、ここに。この風景がある。私がたまたまここにいる。特別で、特別ではない。

大学でたくさんのことを学ぶ。その中で欲しい知識を人生にもらっていく。そういう知識が車窓と重なって、東北の街と繋がって、あの時のあれだなとデータだった知識が体験に変わって私の肉や骨になってくようだった。

とてもよい1500kmの時間でした。机に残っている15枚の電車の無効切符は生涯の宝物になるでしょう。

今年の万年筆インク「旅路の色」は作った8色から、組み合わせを考えて5色の毎年おなじみの作品にして12月頃発売します。今回は季節を秋からずらして冬に発売です。色味もいつもより重め。字を書いても良いし、着彩に使っても良い。小さな絵本とセットで京都にある万年筆インクメーカー「TAG STATIONERY 」とコラボ製品になります。

どの色にしようかな。組み合わせと色選びがお楽しみにです。

製品化の進捗情報はInstagramでお知らせします。



ASANEL
私が欲しくて使いたいオリジナル文具だけを作る文具ブランド。
ブランド名の由来は「朝、寝る。」
https://www.asanel.net

Instagram
お店の最新情報や再販の進捗はInstagramでお知らせしています。
https://www.instagram.com/asanel_bungu/



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?