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幸せになるために必要なたった一つの事

 
 先日、製菓学校の生徒と話す機会があった。

 来春の卒業に向けて、就職をどうしようかと悩んでいるみたい。

彼の希望は「ケーキを作りたい」という事らしい。
就職先によっては、ケーキを作るといってもパートに分かれていて、その一部分しかさせてもらえないところもある。

選択を間違えてしまったら、思ったのと違う!という事はあり得るのだ。

 彼の中で2つ候補がある様だ。

一つは結婚式場のケーキやデザートを作る会社。一つは地元でも有名なケーキ屋さん。

彼のやりたい事を聞くとケーキ屋さんの方が良さそうに思える。

お節介かもと思いながらも、「それだったら、ケーキ屋さんの方が自分の希望に合ってるんじゃない?」と、アドバイスする。

彼もそれは同意見の様だ。
にもかかわらず、どうも歯切れが悪く、自信なさげだ。
「他に同じ学校の人が希望してたら自分はダメだ」「年齢で断られるかもしれない(彼は28歳)」「シェフが厳しいそうだから、自分は務まらないかもしれない」などなど、不安の種が後から後から湧いてくる。

まあね、先々のこと色々考えて、不安になる気持ちはわかるよ。わかるけどねえ。

「色々考えて、不安になる気持ちもわかるよ。でも、実際にやってみないとわからないじゃない?やってみてダメだったら、辞めてもいいんだし、やったことは自分の経験になるし、無駄じゃないよね」

私の話を聞いて、少しは前向きになってくれたのかな?彼は帰っていった。

 後ほど、担任の先生に聞いてみると、彼はネガティヴ思考の様だった。
育つ過程で、親御さんにことごとく否定されてきたらしい。妹たちはきちんとした職を得て就職しているのに、自分は今専門学校生で...と、自分を否定している。

 彼から直接話を聞いた訳でもないし、その短い話の中で、彼の家庭の事が全て分かった訳ではないけれど、それが本当だとしたら、少し彼に同情してしまう。

もし彼が、自分はダメだと思っているのなら、そんなことはないよと全力で否定してあげたい。君は沢山の可能性を秘めた素晴らしい人なのだと、背中を叩いて励ましたい。

そう思うのは、以前の自分に少し重なるからかもしれない。

 親の価値観が自分の価値観となり、そこからはみ出している自分はダメだと思う。他人と比べては自分を否定する。

そんなことないのにね。今はわかる。

足りないところにばかりフォーカスし、上手く行かないのは、自分の努力が足りないせいだと思っていた。頑張れば何とかなると、がむしゃらに頑張っているのに、ちっとも楽にならなくて辛かった。

もし、あなたがネガティヴ思考で、自分はダメだ、努力が足りないと考える人ならば、そうなったのはあなたのせいではないかもしれない。

せいではないけれど、その考え方で上手くいかないならば、それはいったん立ち止まって考えるチャンス。根本的な考え方を変えるチャンス。
なぜなら、自分を幸せに出来るのは自分だけ。自分の人生は自分が作っていくしかないのだから。

 幸せになるためのたった一つの事、それは自分自身を愛し、自分自身を大切にする事だと思う。

自分自身を大切にするって、言葉は簡単だけど、その意味は深くて難しい。

まず自分はダメだと思う時点で、自分を大切にしているとは言えない。自分に厳しすぎてもダメだし、甘やかせばいいというものではない。その塩梅はいつも自分に問いかけるしかない。
その自分が好きかどうか?

人は変わらない方が楽だから、根本的な考え方を変えることは、決して楽ではないけれど、でも変えるだけの価値はある。

 マイクレド(自分自身の理想の生き様・価値観)の一つを、「自分自身の弱さもずるさも認め、自分自身を愛します」というのを入れた。

 私自身、もちろん完璧ではないし、弱いところもいっぱいある。常に楽をしたいと考えるし、ずるい事もする。だから、そんな自分も有りと認めて、そんな自分も愛おしいと思う。

 常に自分がどうあれば心地よいかを考えて、私の心身を一ミリでも傷つける者、物、事は決して許さないと、そのくらい強く思っている。

だから、最近の私の心はおおむね穏やかに保たれ、毎日幸せを感じていられる。まあ、ここでおおむねというのが、完璧じゃないところでもあるけどね。それでもいい。

 余談だけれど、先日以前お付き合いしていた人に「本当に、あさみはいい女だ」と言われた。私は「そんなの私が一番知ってる」そう返した。だって、誰がどう思おうと、私にとってはそれが真実だから。

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