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『青春カンタータ!』第9話

【登場人物】
糟屋瑛一(かすや えいいち)(21)(5) 慧明大学経済学部4年生
長谷部綺音(はせべ あやね)(20) 同文学部3年生
嘉山美希(かやま みき)(19) 同経済学部2年生
妹尾健治(いもお けんじ)(21) 同薬学部3年生
高見沢敏樹(たかみざわ としき)(23) 同理工学部修士1年生
奥井智代(おくい ともよ)(20) 同理工学部3年生
糟屋昌史(53)(40)(37) 糟屋の父/八田物産役員
糟屋希美子(48)(32) 糟屋の母
スタッフ

【本文】
○慧明大学・構内
掲示板や壁に、シンフォニアの旗揚げ公演のポスターが次々と貼られていく。

○老人ホーム・ホール
部屋の各所に正月のしつらえがされている。
老人やその家族、スタッフらが大勢見物する中、森園のキレのあるタクトに合わせ、高見沢と猿渡を除く一同、合唱曲『いざ起て戦人よ』を歌い出す。
※以降、曲を流したまま、場面転換。
     ×     ×     ×
一同、老人たちと笑顔で握手を交わしながら、旗揚げ公演のチラシを配る。

○慧明大学・第3練習室
糟屋と綺音、並んで体幹トレーニングをしている。
綺音、力尽きて床に突っ伏す。
飛び上がって喜ぶ糟屋。
     ×     ×     ×
一同、グランドピアノを囲み、楽譜を見ながら意見を出し合っている。

○糟屋家・収納
糟屋、ピアノの上に置いてある物を片付け、蓋を開く。自分で鍵盤を叩きながら、歌う。
希美子、その様子を優しく見守る。

○慧明大学・第3練習室
ピアノの上に「ご自由にお取りください」の付箋と共に、チョコレート菓子の入った籠が置かれている。
一同、弧を描くように並び、森園の指揮で朗らかに歌っている。
※曲終わり。

○糟屋家・庭
梅の木が満開を迎えている。

○同・リビング
昌史が憤って立ち上がる。
昌史「ふざけんな!」
旗揚げ公演のチラシが床に叩きつけられる。
昌史「何が旗揚げ公演だよ。まさかお前、毎日外出してたのは、英会話スクールなんかじゃなくて・・・」
糟屋「合唱の練習に通ってました。嘘ついて、すみませんでした」
糟屋、神妙に頭を下げる。
糟屋「だけど、それとこれとは別だと思うんだ。コンサート、見に来て欲しい」
糟屋、チラシを拾い上げて渡す。
昌史、チラシを丸めて再び床に叩きつける。
糟屋、ため息をつく。
糟屋「何でなんだよ・・・」
昌史「それはこっちの台詞だよ。お前、歌は心底嫌ってたはずだろうが」
糟屋「それは、あんただけだろ・・・もう俺は騙されねえよ」
糟屋、昌史を睨み返す。
糟屋「勉強しろ、将来のためになることだけをやれ、歌なんかただの暇つぶしだ・・・覚えてるよな?17年前の、あんたの口癖だよ」

○(回想)糟屋家・糟屋の部屋(夕)
糟屋(5)、カレンダーの日付に×印をつける。3日後の土曜日の欄に〝はっぴょうかい〟と書かれ、大きく花丸がついているのを見て、嬉しそうに微笑む。

○(回想)同・廊下
糟屋、楽譜を抱えて駆けてくる。
希美子の声「今さら何を言うんですか、もう今週末なんですよ!?」
糟屋、リビングのドアの隙間から、中の様子を盗み見る。
希美子(32)、昌史(37)と言い争っている。
希美子「あなただって知ってるでしょう、瑛一はあんなに楽しそうに・・・」
昌史「うるさいっ」
昌史、希美子を平手打ちする。
希美子、床に倒れる。
糟屋、目を覆う。
昌史「ぐだぐだ言ってる暇があったら、これの内容でも頭に入れておけ」
昌史、希美子の足元に私立小学校の入学案内のパンフレットを落とすと、その場を憤然と立ち去る。
すすり泣く希美子。
糟屋、希美子から目を離さず、楽譜をぎゅっと抱きしめる。

○(回想)同・リビング(朝)
希美子、心配そうに糟屋の顔を覗き込む。
希美子「瑛ちゃん・・・本当に、それでいいの?」
糟屋、希美子を見上げ、しっかりとうなずく。

○(回想)糟屋家・納戸・中
糟屋(5)、アップライトピアノの下に潜り込み、ぐしゃぐしゃになったうぐいす児童合唱団の発表会のチラシを見ながら、泣いている。
糟屋(21)の声「大好きな歌を諦めざるを得なかった俺は、自分に言い聞かせるしかなかった。歌なんか嫌いだ、歌なんか馬鹿馬鹿しい、って」

○(回想終わり)元の糟屋家・リビング
糟屋「あんたの教育方針が間違ってたこと、俺が証明してやるよ。麻布ミレニアムホールでな」
糟屋、カバンを手に出ていこうとする。
昌史「どこ行くんだ。また練習か?」
糟屋、黙って出て行く。
昌史「ダメだ戻れ!瑛一!」
昌史、糟屋を追いかけようとする。
その前に立ちはだかる希美子。
昌史「何やってんだ。どけよ」
希美子、強く首を左右に振る。
希美子「もう、息子の望んでること、見て見ぬ振りする親ではいたくないの!」
昌史、驚愕の色を浮かべる。
二人の足元には、チラシが乱雑に捻られて捨てられたままになっている。

○新麻布ミレニアムホール・前
青空の下、現代的でスタイリッシュなホールが緑に囲まれて建っている。
その入口前には、大勢の人が並ぶ。
入口脇の『今日の催し物』の掲示板には、シンフォニアのチラシ。

○同・廊下
礼服姿の一同、リハーサル室から次々と飛び出して駆けていく。
陽菜子「はい急いでー!あと1分で1ベル鳴るよ!忘れ物ない?男子、蝶ネクタイ付けてね!」

○同・舞台裏
礼服姿の男性(顔は見えない)、イライラと足踏みしている。
バタバタと近づいてくる大勢の足音。一同、駆け込んでくる。
高見沢「ったく、本番くらいもっと余裕持って行動しろよ」
高見沢(=礼服姿の男性)、腕を組んで仁王立ちしている。
糟屋をはじめ、一同の顔が輝く。
森園「高見沢先輩!」
高見沢「にしても、この人数で〈くちうた〉は無謀だろ。しょーがねぇ、俺が何とかマシな演奏にこしらえてやるよ」
美希「やば。初めて高見沢さんのこと、カッコええ思ったわ」
高見沢「おせーよ」
一同、談笑する中、1ベルが鳴る。
会場のスタッフ、背後から糟屋を呼ぶ。
スタッフ「糟屋さんですか?」
スタッフ、糟屋を隅にいざなう。
スタッフ「(小声で)さっきロビーで、呼び止めてきたお客さんがいて、こっちは準備万端、心配ご無用って糟屋さんに伝えるよう、言われまして・・・どういうことなんでしょうか?」
糟屋「了解です」
糟屋、にやりと微笑む。

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