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『青春カンタータ!』第10話

【登場人物】
糟屋瑛一(かすや えいいち)(21)(5) 慧明大学経済学部4年生
長谷部綺音(はせべ あやね)(20) 同文学部3年生
嘉山美希(かやま みき)(19) 同経済学部2年生
妹尾健治(いもお けんじ)(21) 同薬学部3年生
高見沢敏樹(たかみざわ としき)(23) 同理工学部修士1年生
奥井智代(おくい ともよ)(20) 同理工学部3年生
糟屋昌史(53)(40)(37) 糟屋の父/八田物産役員
糟屋希美子(48)(32) 糟屋の母

【本文】
○同・舞台
相松が優美に前奏を弾き始める。
一同、穏やかに微笑んで合唱曲『くちびるに歌を』を歌い出す。
※字幕で()内の和訳を出す。
一同「♪Hab'ein Lied aufden Lippen mit frohlichem Klang(くちびるに歌を持て、朗らかな響きの歌を)・・・」
※以降、曲を流したまま、場面転換。

○同・前
昌史、難しい顔で立ち止まる。その手には、くしゃくしゃになったチラシ。
先に行っていた希美子、振り向くと、
希美子「あれでもあの子、才能あるのよ、小さい頃から」
希美子、昌史に歩み寄り、腕を取る。
希美子「それをやっと、あなたに知ってもらえる。ね?」
希美子に微笑みかけられ、躊躇った後、再び歩き出す昌史。

○同・舞台
一同の歌が、サビに向けて盛り上がっていく。そこに、相松の伴奏がさらに加わって引き立てる。
客席の声「♪くちびるに歌を持て、心に太陽を持て・・・」
一同、客席から聞こえてきた重厚感のある歌声に戸惑い、顔を見合わせる。
客席の客たちが、歌いながら続々と立ち上がる。ざわつく会場。
森園、一時呆気にとられるが、慌てて客席に向けて指揮を始める。
客たち、ぞろぞろと通路を通って舞台に向かってくる。その中に、彼らに大きく手を振って誘導する猿渡の姿。
舞台上に、80人近くの歌い手が集まり、曲の迫力が格段に上がる。
最後に猿渡が駆けてきて、糟屋の隣に加わる。糟屋に親指を立てて見せる。
糟屋、笑って猿渡を肘でつく。
綺音、涙を堪えて歌い続ける。
綺音の声「ほんとは、みんなで歌うのが夢だったんだ」

○(回想)駅・ホーム(夜)
糟屋と綺音、並んで電車を待っている。周囲の人気は少ない。
糟屋「何言ってんすか。元はと言えば綺音さんが発端で、一度解散になったってのに」
綺音「確かにそうね。ごめん」
電車がホームに近づいてくる。
綺音「またいつか来るのかなぁ、10人全員で集まれる日が」
糟屋「(独り言のように)もう集まることはねえって、誰が決めたんだよ・・・」
綺音、振り返る。
糟屋、唇をなめ、切り出す。
糟屋「綺音さん、今は人数減って、不安なのは分かりますけど?もっと俺らのこと信じて、頼ってくださいよ。俺も、頑張りますから」
綺音、目を丸くする。その背後で、電車が停車する。
糟屋「だから綺音さんも、死ぬ気でもっと高音出してくださいよ。まさか自分は今の歌い方のまんまで良いとか、思ってんじゃないっすよね?」
綺音「そんなの、当たり前じゃん・・・」
綺音、電車に乗り込み、振り向く。口元には挑戦的な笑みが浮かんでいる。
綺音「私のソプラノなんか、カナリヤの鳴き声の足元にも及ばないよ」
電車の扉が閉まる。

○(回想終わり)新麻布ミレニアムホール・舞台
糟屋、歌いながら思いを馳せる。
一同「♪嵐が吹こうと、吹雪が来ようと、地上が争いに満たされようと・・・」
※以下、フラッシュシーンはモノクロ画像。

○(フラッシュ)糟屋家・糟屋の自室
昌史(40)、糟屋(8)に32点のテストを突き付けて、怒り狂っている。

○(フラッシュ)収納
昌史、ピアノを押して収納に入れる。
その様子を遠くから寂しげに見つめる糟屋。

○(フラッシュ)ビジネス街・路上
糟屋(21)、スマホで不採用通知メールを読み、肩を落とす。

○(回想)慧明大学・第3練習室
扉を開けて入る糟屋。
シンフォニアの一同が笑顔で迎える。
     ×     ×     ×
楽譜を手に、歌い出す一同。
※モノクロ画像に次第に色がつく。
糟屋、窓の方を向き、眩しげに目を細める。窓の外で木漏れ日がきらめく。

○(回想終わり)新麻布ミレニアムホール・舞台
森園、全身を使い、汗を飛ばしながらより一層ダイナミックな指揮を繰り広げる。
一同「♪Hab'ein Lied aufden Lippen,Hab'ein Lied,くちびるに、くちびるに、歌を、」
指揮に操られて曲は盛り上がり、速度を増す。
一同「くちびるに歌を、歌を!」
pesante、fffの最高潮まで目一杯引っ張った末、森園の切れ味の良い腕の一振りによって、曲がぴたりと切れる。

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