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『青春カンタータ!』第7話

【登場人物】
糟屋瑛一(かすや えいいち)(21)(5) 慧明大学経済学部4年生
長谷部綺音(はせべ あやね)(20) 同文学部3年生
嘉山美希(かやま みき)(19) 同経済学部2年生
妹尾健治(いもお けんじ)(21) 同薬学部3年生
奥井智代(おくい ともよ)(20) 同理工学部3年生
木村悠太(きむら ゆうた)(21) 同法学部2年生
糟屋昌史(かすや まさふみ)(53) 糟屋の父/八田物産役員
糟屋希美子(かすや きみこ)(48)糟屋の母
宮原大輝(みやはら だいき)(11) 小学5年生
講師

【本文】
○糟屋家・糟屋の自室
糟屋、留学関係の書類をせっせと整理
している。『あの空へ~青のジャンプ~』の楽譜がそばに落ちているのを見つけ、何の躊躇もなく破り捨てる。
昌史の声「ようやくあいつも、頭冷やしてくれたようだな」

○同・ダイニング
昌史と希美子、コーヒーを飲んでいる。
昌史「まあ、誰でも考えればすぐに分かることだ。合唱と留学、その後の自分のためになるのはどっちか」
希美子、浮かない顔。
希美子「ためになるか、ならないかは、暎一自身が決めることよ。あの頃と違って・・・」
昌史「アァ?お前もおかしなことを言うなぁ、あいつが自分で考えて決めた結果、留学するって答えを出したんだろ?何も問題ない」
希美子、まだ何か言いかけるも、口をつぐむ。
昌史、不機嫌そうに眉を寄せる。
昌史「そういえば、納戸にあるあれ、早く処分しろ。お前のくだらねー情操教育の、悪しき遺産だ」
希美子、大儀そうに腰を上げる。

○同・収納
収納の扉を開けた希美子、目を見張る。
糟屋(5)が泣きながら、ピアノの下で膝を抱えてうずくまっている。糟屋、
希美子を見て、走り出てくる。
糟屋「ねー、何で?何で僕、発表会出ちゃいけないの?一生懸命練習してきたのに!」
糟屋、『子どものためのコーラス』の楽譜をしきりに掲げて見せる。
希美子「お父さん言ってたでしょ、瑛ちゃんはみんなと違って、これからはお勉強しないといけないの。お歌は、また今度ね」
糟屋の目が、涙で一杯になる。
糟屋「今度って、いつ?」
希美子「(目を背け)それは・・・」
希美子が目を戻すと、糟屋の姿は消えている。目の前には、色んな物が置かれたピアノ。希美子、ピアノに愛おしげに触れ、その足元にくずおれる。
希美子「ごめんね、瑛ちゃん・・・」

○レッスン室・中
ピアノ伴奏に合わせ、綺音がアリアを歌っている。途中で、自分から歌うのをやめ、首を傾げる。
講師「どうしたの?」
綺音「いえ・・・もう一度お願いします」
綺音、再び歌い出すが、表情は曇ったまま。

○ファミレス・中
バイト中の妹尾、さつまいもモンブランの宣伝ポスターを、クリスマスケーキ予約受付開始の宣伝ポスターに貼り替えている。ポスターを貼り終え、立ち去ろうとして、ふと立ち止まり、ポスター脇の壁を見つめる。細かい横ストライプ柄の壁紙に、何点かシミがついている。それが五線譜と重なって見えてくる。
妹尾「(シミを指差しながら)ミ、ド、ソ・・・」
客の声「すみませーん!」
妹尾「あ、はいー!くそっ、何やってんだろ俺・・・」
妹尾、自分の頬を叩き、その場を立ち去る。

○駅前広場
大きなクリスマスツリーの下、大勢の人が行き交う。カップルが多い。
木村の声「正直驚いたけど、嬉しいよ」

○街中・歩道
智代、木村悠太(21)と腕を組んで歩いている。智代は無表情だが、木村はほくほく顔。
木村「全然返事がなかったから、てっきりもうないものだと思ってたもん」
智代「ごめんね。私もやっと気持ちに踏ん切りがついたから・・・」
智代、傍らを見て足を止める。
教会の前に、〝クリスマスコンサート ご自由にお入りください〟の立て看板が出て、人が続々と中に入っていく。

○教会・中
聖歌隊が『О Мagnum Mysterium』を歌っている。荘厳かつ神聖なハーモニーが、教会中に響く。
智代と木村、座って見物している。
木村「(居心地悪そうに)何だ、ジングルベルとか、そっち系じゃないのか・・・」
木村、智代を見てはっとする。
智代、涙を流しながら、冷笑している。
智代「ずるいね。こんなの聴かされたら誰だって、神を信じようって気にもなるわよ」
木村「な、何言ってんの?ちょっと・・・」
智代、顔を覆って泣き伏す。

○嘉山家・外観
〝嘉山〟と刻まれた木の表札がかかった門柱の脇に、門松が飾られている。立派な日本家屋である。

○同・居間
一族郎党の前で、美希が『故郷』を独唱する。
一族郎党、目を細めながら、美希の歌に合わせて手拍子をしている。
          ×     ×     ×
ご馳走が並べられた座卓を、一族郎党が囲んでいる。笑い声で賑やかである。
親戚たち、美希の周りに集う。
親戚A「美希ちゃん、相変わらず歌上手いな」
親戚B「ほんまや。いやーええなぁ、別嬪で頭良うて、泣く子も黙る慧明大生!しかも歌もうまいて、あんた気ぃ付けんと嫉妬されんで」
美希、ぎこちない笑顔で応える。
親戚C「そや、お前いっそ、歌手とか目指してみたらどないや」
美希、反論しようとするも、親戚たちの声にかき消される。
親戚A「ええねぇ、それ!ほな、うちがマネージャーやるわ」
親戚B「あんたは引っ込んどき。あんたがマネージャーやなんて、危なっかしいわ」
美希、次第に顔が険しくなっていく。
親戚C「いやー楽しみやなぁ!そのうち美希ちゃんがスポットライト浴びて、紅白・・・」
美希「やめて!」
一瞬にして場が静まる。
美希「全然ちゃう・・・」
親戚A「え?」
美希「うちの知っとる、聞き惚れるような歌声は、こんなんとはちゃう!」
美希、悔しそうに唇を噛みしめる。

○糟屋家・糟屋の部屋
PCで英語のリスニングをしていた糟屋、英語の再生を停止する。椅子にもたれかかってしばらく天井を仰ぐと、立ち上がる。

○慧明大学・学生会館・エントランス
糟屋、各練習室の使用状況を記載した黒板を見上げている。第3練習室の横に、別のサークルの名前がある。

○同・図書館・前
〝休館〟の立て看板が立っている。
舌打ちする糟屋。

○同・中庭
糟屋、ベンチに腰を下ろす。
キャンパスには、見渡す限りほとんど誰もいない。
糟屋「何しに来てんだろ、俺・・・」
吹き付ける北風に身震いする糟屋。
大輝の声「あの、すみません」
糟屋、振り返る。
宮原大輝(11)が、すぐ傍に立っている。
大輝「ここの学生さんですよね?」
糟屋、目を細める。
大輝「僕、来年慧明中学、受験するんです。それで、学校見学させてもらってて」
大輝の背後の少し先には、大輝の母親がいる。母親、糟屋に頭を下げる。
糟屋「今から大学見学とか、気が早えなおい」
大輝「そりゃ、最終的にはここに来ることになるんだし?隅々まで知っときたいでしょ。
当たり前じゃないですか」
糟屋「(嘆息して)マセガキだなーこいつ」
大輝、ニッと笑う。
大輝「(メモを読み上げて)先輩は、ここでどんな研究をされてるんですか?」
糟屋「研究?ンなもん、やった覚えねえよ」
大輝「じゃあ、サークル活動とかは?先輩、テニスサークルとかにいそう」
糟屋「ブッブー、合唱だよ」
大輝の表情の輝きが消える。
大輝「大学生にもなって、合唱って・・・(失笑し)何か、ガキくさ」
糟屋の表情が無になる。
大輝「あ、僕そろそろ塾の時間だから、行かなきゃ。お話、ありがとうございました」
大輝、母親のもとへ駆けていく。
糟屋、憤然と大輝の方を振り返る。
糟屋「待てクソガキー!」
大輝、びくりとして振り返る。

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