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『青春カンタータ!』第4話

【登場人物】
糟屋瑛一(かすや えいいち)(21) 慧明大学経済学部4年生
長谷部綺音(はせべ あやね)(20) 同文学部3年生
森園繁(もりぞの しげる)(22) 同理工学部4年生
高見沢敏樹(たかみざわ としき)(23) 同理工学部修士1年生  
津田陽菜子(つだ ひなこ)(21) 同法学部4年生
相松彰(あいまつ あきら)(20) 同商学部2年生
嘉山美希(かやま みき)(19) 同経済学部2年生
妹尾健治(いもお けんじ)(21) 同薬学部3年生
奥井智代(おくい ともよ)(20) 同理工学部3年生
猿渡駿平(さるわたり しゅんぺい)(18) 同理工学部1年生
糟屋昌史(53) 糟屋の父/八田物産役員
糟屋希美子(48)糟屋の母

【本文】
○海岸(朝)
青空の下、鷗が鳴きながら飛び交っている。

○合宿所・ホール
静粛な会場。
大勢の観客を前に、緊張の面持ちで並ぶシンフォニア一同。
糟屋、大欠伸をする。姿勢が悪い。
森園、ジェスチャーで口角を上げるように指示し、妹尾に合図を出す。
妹尾、ピッチパイプでソの音を出す。
森園、ゆったりと指揮を始める。
合唱曲『鷗』の演奏が始まる。
一同「♪ついに自由は、彼らのものだ・・・」
糟屋、ふてくされた顔だが、大きな口で歌う。
森園の声「今日は、終戦記念日です」
※以降、曲を流したまま、場面転換。

○(回想)合宿所・ホール
森園、マイクを持って観客に解説する。
森園「これからお送りする『鷗』の詩は、第二次世界大戦で散っていった学徒兵を思い、詩人・三好達治が書き下ろしました。この日だからこそ皆さんにお届けしたい、そんな一曲です」

○(イメージ)旧制高校・講堂(朝)
白い制服姿の学生たちがずらりと並ぶ。
その前に立ち、演説をする一人の男。教卓についた男の手が震え出し、その手の甲に涙が落ちる。
森園の声「三好達治は、戦場に赴く学生たちへの講演で、〝君たちのような若者が何故戦地へ行かなければならないのか〟と泣いたといいます」

○(回想終わり)合宿所・ホール
森園、射抜くような強い眼差しで、ダイナミックな指揮を繰り広げる。
森園の声「僕らの歌は、痛ましい戦争の記憶を風化させず、世界平和の大切さを訴え続けるためにあるものと、そう信じています」
曲が終わると、盛大な拍手。
糟屋、やれやれといった表情で肩を回そうとして、観客の中に泣いている中年女性の姿を見つけ、はっとする。

○(フラッシュ)音楽室
居並ぶ保護者たちが拍手を送る中、一人涙を流して、じっとこちらを見ている若き日の希美子(35)。

○元の合宿所・ホール
糟屋、目を瞬く。視線を巡らすと、そこここに観客たちの笑顔や、感動の涙がある。皆、全力で拍手を送っている。
戸惑う糟屋。

○合宿所・広間
テーブルいっぱいに酒類やつまみの皿が並んでいる。
森園、ビールジョッキを手に立つ。
森園「えー本日は誠に、お疲れ様でした!」
一同「したー!」
コール・シンフォニア一同、ジョッキを掲げ、乾杯をして回る。
糟屋、高見沢に歩み寄る。
糟屋「高見沢さん。お疲れ様でした」
高見沢「おう」
二人、乾杯し、互いに一口飲む。
高見沢「で、どうだった?」
糟屋「はい?」
高見沢「(ジョッキを軽く掲げて)こういう味、したか?人前で歌ってみて」
糟屋「いえ、あの」
高見沢「(ため息をついて)やっぱりお前がこの旨味を理解するには、早すぎたか」
糟屋「いや、わりかし悪くはなかったつうか・・・でも何なんすかね、その」
高見沢「まあ、いい。でも、見えたのは確かだな。鷗たちが自由に、空を飛ぶ様子が」
呆気にとられる糟屋。
高見沢、糟屋のジョッキに、自分のグラスを軽く当て、立ち去る。
陽菜子、笑って糟屋の背中を叩く。
         ×          ×          ×
各所に散らばり、楽しげに談笑し合う一同。
酔いに任せ、合唱曲『斎太郎節』を歌い出す男声陣。
妹尾が『斎太郎節』のソロを歌おうと口を開くが、綺音が横から割って入り、高らかな美声で伸び伸びとソロを歌う。
大爆笑し、拍手を送る一同。
糟屋、苦笑しつつその様子を眺める。
糟屋の隣で、智代が額を押さえる。
智代「はー・・・頭痛い」
糟屋「飲みすぎっすか?」
智代「違う、あのブロードウェイ女優気取りの変人のことよ」
智代が顎をしゃくった先で、綺音が喝采を浴びてビールをガブ飲みしている。
智代「歌にとりつかれて、いつか人様に多大なるご迷惑をおかけするんじゃないかって、見ていてヒヤヒヤするわ」
糟屋「確かに、歌へのあの執着っぷりは狂人レベルですね、ある意味」
智代「まあ命かけてるからね、無理もない」
糟屋「命ってそんな大袈裟な」
智代「でなきゃ、今綺音はこの世にいないよ」
糟屋「・・・へ?」

○(回想)中学・校舎・屋上(夕)
無表情の綺音(14)、数々の罵詈雑言が落書きされたノートを閉じる。ノートを持ったまま、屋上の縁に立つ。
糟屋の声「あの綺音さんが?まさか」
智代の声「まあ、当時からちょっと人とは変わったとこがあったからね。同級生ともな
かなか打ち解けられなかった」
綺音が震える足を踏み出しかけたとき、合唱曲『青春譜』が流れてくる。
綺音、はっとし、足を引っ込める。

○(回想)同・同・廊下
息を弾ませながら駆けてきた綺音、音楽室の前で足を止める。
引き戸の窓の向こうに、合唱曲『青春譜』を歌う合唱部の姿がある。
綺音、ノートを捨て、窓にかじりつく。その目から、涙がはらはらとこぼれる。

○元の居酒屋・中(夜)
糟屋、唖然とした表情で冷酒を飲む。
智代「今もね、ああ見えて結構一人で抱え込んじゃうこと多いのよ。私のことだって、本当に信用してくれてるのか」
糟屋「そりゃおかしくないっすか?人が信用できないなら、何で合唱?」
智代「さあ、どうだか。ひょっとすると、まだどこかに人を信じたい、誰かのそばにいたいって思いがあるんじゃないの?」
糟屋、談笑する綺音をまじまじと眺める。奇妙なものを見るような眼差しが、
次第に真剣になっていく。
         ×          ×          ×
智代、座敷にぐったりと横たわる綺音を呆れ顔で見下ろす。綺音の上に、智代が先程まで着ていたカーディガンがかかっている。
智代「まあ、こうなるわな」
智代、お冷やを差し出す。
綺音「ありがと〜」
綺音、起き上がり、水を受け取る。
智代「ったく、無防備に寝てんじゃないよ。こんな野獣の巣窟で」
糟屋「そりゃひでぇな智代さん」
綺音、水を飲み、前方に目をやる。
綺音の目線の先では、妹尾が斎太郎節のソロを朗々と歌っている。
綺音「やっぱさすがだね、妹尾先輩は。ねえ、羨ましくない?」
糟屋「(苦笑して)いやぁ、俺は思いませんが」
満面の笑みの妹尾、ぺこぺこ頭を下げながら、「妹尾募金」と書かれた箱を持って回っている。
団員たち、そこにお金を入れていく。
綺音「だって私なんか、ここの練習がない日もボイストレーニングに通ってるけど、それでもあんな伸びやかな声、出ないもんな」
糟屋「そうっすかね。俺は、好きっすよ」
綺音「は?」
糟屋「(慌てて)いや、言うほど悪くねぇって言うか・・・嫌いじゃないすよ。綺音さんの声」
綺音「あ・・・ありがと」
綺音の隣で、真顔でハイボールを飲む智代。
         ×          ×          ×
へべれけの森園、「妹尾募金」の箱を掲げる。
森園「はい、皆さんのおかげでェ、今日も、苦学生妹尾君の飲み代が無事集まりましたァー!ご協力ありがとうございましたッ!」
拍手と野次を浴び、頭を下げる妹尾。
森園、ひっくり返る。
慌てて森園の側に駆けつける団員たち。
美希、妹尾の袖を引く。
美希「妹尾さん、ちょっといいですか?」

○同・店先
妹尾と美希、向かい合っている。
妹尾「何?話って」
美希「(俯いて)今言う話やないとは思たんですけど、やっぱ早めに言うとかんと後悔する思て」
美希、顔を上げる。決意の表情。
美希「妹尾さん、うち・・・」
妹尾、驚愕の表情。

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