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『青春カンタータ!』第6話

【登場人物】
糟屋瑛一(かすや えいいち)(21) 慧明大学経済学部4年生
長谷部綺音(はせべ あやね)(20) 同文学部3年生
森園繁(もりぞの しげる)(22) 同理工学部4年生
高見沢敏樹(たかみざわ としき)(23) 同理工学部修士1年生  
津田陽菜子(つだ ひなこ)(21) 同法学部4年生
相松彰(あいまつ あきら)(20) 同商学部2年生
嘉山美希(かやま みき)(19) 同経済学部2年生
妹尾健治(いもお けんじ)(21) 同薬学部3年生
奥井智代(おくい ともよ)(20) 同理工学部3年生
猿渡駿平(さるわたり しゅんぺい)(18) 同理工学部1年生

【本文】
○慧明大学・第3練習室・中(夕)
綺音、気まずそうな顔で立ち尽くす。
綺音を取り囲む団員一同、固唾を飲んで綺音の動向をうかがう。
綺音の隣には、眉を吊り上げ、腕を組んだ智代。
智代「ほら、言いなよ。さっき私に言ったこと、みんなにもちゃんと」
綺音、無言。
練習室に現れた糟屋、状況を見て驚く。
糟屋「何?これ」
相松に小声で尋ねるが、相松は首を傾げる。
智代「なら私が言ってやろうか?長谷部綺音さんは、この上なく幼稚で自己中心的な一身上の都合により、シンフォニアを抜けて独唱に転身するつもりです、って!」
糟屋、目を見開く。
団員一同、ざわつく。
森園「綺音、それ本当?」
高見沢「この上なく幼稚で自己中心的な一身上の都合ってなんだよ」
智代「妹尾君。心当たりはない?」
妹尾、顔を上げる。驚いた表情。
妹尾「えっ。別に・・・何も」
綺音、はっとする。その顔が、みるみる泣きそうに歪む。
美希「ああ何や、そういうことですか、綺音さん。はは、ピュアやなぁ・・・」
美希、冷笑する。
美希「(皆に向けて)この場を借りて言うと、私、妹尾先輩と付き合っとるんです」
一同、驚愕。
陽菜子「えっ!?いつから?」
美希「文化祭の日からです。うちから告りました」
美希、綺音の方を向く。
美希「綺音さん。それが理由なんでしょ?ほんで、妹尾先輩のそばで歌っとっても辛いだけやから、シンフォニアを離れることにした」
綺音、唇を噛み締め、うつむく。
美希「だいたい、甘いんよ。自分が妹尾先輩と一番仲良うしとるから、周りが遠慮してくれるとでも思ったんですか」
智代、綺音の服の襟を掴む。
智代「あんたまさか、そんな不純な理由で合唱やってたの?あの鬱陶しいくらいの熱意は全部、好きな人に振り向いてもらうためのものだったってわけ?そんで、その恋が実らなかったら、さっさと合唱は棄てるっての?え?」
綺音、智代から目を背ける。
綺音「・・・もう決めたことだから」
智代の表情が凍り付く。綺音を突き飛ばし、何か言いかけたとき、糟屋の笑い声が響く。
一同の視線が一斉に糟屋に集まる。
糟屋「ハハハ・・・ウケる。マジウケる。何だよこれ。昔のあんたみたく、辛い思いをしてる人を歌で救いたいって、そういう思いで今までやってきたんじゃなかったのかよ、あんた」
綺音、うつろな目で糟屋を見る。
糟屋「それが何、フラれてしんどいからやめるだァ?人には散々、途中で投げ出すなだの、死ぬ気で歌えだの、口うるさく言っといて、てめぇはそんな簡単に投げ出していいのかよ。ナメてんじゃねえぞ!」
糟屋、パイプ椅子を蹴飛ばす。
糟屋「まあでも、これで俺も踏ん切りがついた。むしろ感謝しねえといけねえのかもな」
高見沢「(眉をひそめ)どういうことだよ?」

○同・外観
空を雲が急速に覆い始める。

○同・第3練習室・中
高見沢、憤って立ち上がる。
高見沢「ふざけんなよ、何でこの期に及んで!」
糟屋「2月には行くことになってっから、その前にビザとか、語学とか、色々やることがあるっぽいんで」
高見沢「(嫌味っぽく)あるっぽい?結局はあれか、親父のお膳立てか」
糟屋の顔が強張る。
高見沢「残念だよ。この頃やっと、お前なかなか見どころある奴だって思ったのにな。やっぱ、親父さんの保護下からは逃れられねえか」
糟屋「ああ、そうだよ!そもそも、俺は三丸硝子の内定と引き換えに仕方なくあんたらに付き合ってただけなんだからな。ニューヨークでブラブラしてる間に親父が就職先見つけてくれんだったら、いつまでもここにしがみつく理由なんかねえし」
森園「瑛ちゃん!」
高見沢「悪いけど森園、俺ももうやめるわ。アホらしくて、やってらんね」
森園「先輩!ちょっと待ってください!」
智代「森園さんすみません、私もやめます」
森園「待って!落ち着いて、考え直そ?」
智代、荷物をまとめ、去り際に綺音を睨みつける。
智代「あんたの熱意についてきた私がバカみたい。何で今まで気付かなかったんだろ」
高見沢と智代、追いすがる森園の手を払いのけ、出口は向かう。
森園「僕は、諦めませんから!」
森園、追いかけようとするも、目の前でドアが勢いよく閉まる。肩を落とす森園、振り向きざま、妹尾を睨む。
森園「妹尾君!だいたい君のせいだよ、本命がいるのに綺音と仲良くするとか、アウトでしょ完全に!」
妹尾「(涼しい顔で)僕は、本命だとかセカンドだとか、そんなさもしいことは一度も考えたことないですよ。今だって、どっちも本気で好きだ」
森園「(うんざりした顔で)ああ、もういい。言い出した僕が悪かった」
陽菜子「私は、妹尾君のどっちつかずな態度を責めるつもりはないけど・・・妹尾君、あなたはもうこの団にいる資格はないよ」
陽菜子、自分のバッグから書類を取り出し、妹尾に突き付ける。サークル活動費の納金リストである。
陽奈子「楽譜代に、合宿費、練習場所代。今まであなた以外のみんなの負担で何とか賄ってたけど、正直これ以上は面倒見切れないよ」
妹尾の顔が青ざめる。
陽菜子「厳しいこと言うけど、会計として、あなたをステージには乗せられない」
妹尾、短くため息をつく。
妹尾「分かりました。舞台は潔く下ります。優秀な歌い手を3人もなくした責任が僕にはありますしね」
妹尾、帰り支度を始める。
美希「先輩、待って。うちも行く」
美希、妹尾を追いかけ、腕を絡める。部屋を出る寸前で振り向き、得意げな笑みを浮かべながら綺音を見て、出て行く。
相松「・・・そういや、猿渡君は?」
森園、落ち着きなく辺りを歩き回る。
森園「ったく、こんな大事な時に、また遅刻かよあいつ・・・」
一同のスマホの通知が一斉に鳴る。スマホを取り出す一同。シンフォニアのグループLINEに、猿渡からの連絡が入っている。
一同、呆れと困惑の入り混じった表情で文面を黙読する。
猿渡の声「皆さん、お疲れ様です。急なご連絡で申し訳ありませんが、旗揚げ公演に参加できなくなりました。ここ最近ずっと授業に出ていなかったことが親にばれ、活動を禁止されてしまったためです。僕は、歌い手として早く成長して、皆さんのお役に立ちたいというその一心で、シンフォニア以外の合唱団でもたくさん活動してきましたが、それが裏目に出てしまいました。本当に情けないです。だけど皆さんは、本当に素晴らしい声をお持ちなので、きっと僕がいなくてもやっていけると思います。僕は草葉の陰から、ご盛会をお祈りしています。追伸。森園さん、いつも遅刻ばかりで本当にすみませんでした。でも僕はいつまでも、森園さんの一番弟子でいたいです」
陽菜子「草葉の陰、って・・・」
森園「・・・何なんだよ」
森園、スマホを見て冷笑した直後、激昂。
森園「何だよこの自意識過剰!自分がシンフォニア引っ張ってるみたいな言い方しやがって!」
森園、スマホを床に叩きつけようとするが、すんでのところで糟屋が止める。
森園、がくりと肩を落とす。
森園「・・・もう、終わりだな。まあこうなったのも、僕の力不足だと思う。何事も、情熱だけじゃやっていけないんだって」
森園、一同に向き直り、深々と頭を下げる。
森園「シンフォニアは、解散します。みんな、ごめん」
沈黙の中、外で振り出した豪雨の音が響く。
糟屋、呆然と森園の後頭部を見下ろす。

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