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『青春カンタータ!』最終話

【登場人物】
糟屋瑛一(かすや えいいち)(21)(5) 慧明大学経済学部4年生
長谷部綺音(はせべ あやね)(20) 同文学部3年生
嘉山美希(かやま みき)(19) 同経済学部2年生
妹尾健治(いもお けんじ)(21) 同薬学部3年生
高見沢敏樹(たかみざわ としき)(23) 同理工学部修士1年生
奥井智代(おくい ともよ)(20) 同理工学部3年生
糟屋昌史(53)(40)(37) 糟屋の父/八田物産役員
糟屋希美子(48)(32) 糟屋の母                   宮原大輝(みやはら だいき)(11) 小学5年生             三橋孝明(みつはし たかあき)(56) 三丸ガラス社長          マネージャー                               守衛

【本文】
○同・舞台袖
割れるような拍手が鳴り響いている。
一同、舞台から続々退場してくる。
猿渡、舞台袖の出口に立ち、交通整理員よろしく歌い手たちを誘導する。
猿渡「(意気揚々と)さあ!次ロビーコールですのでね、最後まで気合入れていきましょー!はい、急いで!はい、はい・・・」
猿渡、急に襟首を引っ張られ、シンフォニアの団員たちに取り囲まれる。
森園「おいおいおい、何いっちょまえにリーダーシップとってくれちゃってんの」
森園、猿渡のジャケットを強引に引っ張りながら移動する。
森園「お前ん家の厳しい親はどうした?」
猿渡「いや心外ですね森園さん、こんな良き日に、おとなしくお留守番なんかできませんて」
智代「親に軟禁状態にされてたってのは、この壮大な謀のための嘘だったってわけね」
森園「いや、智代さんその言い方!親に外出禁止されてたのは本当ですよ、それを何とかかいくぐってきた僕を褒めて下さい」
智代「んで、誰なの?この人たちは」
猿渡「ああ、みんな僕が所属してる他の合唱団の仲間たちですよ。シンフォニアの門出を応援したい、ずっと準備してくれてたんですよ」
美希「いやおかしいやろ、何でそんな大事なこと、内緒にしとったん?」
猿渡「いやー、一度やってみたかったんすよ、こういうサプライズ!お客さんだけでなく、身内までも欺くってやつ?」
森園「だからって団長であるこの僕に何の断りもなしってのは、どうかと思うけどねぇ」
森園、猿渡の首根っこを抱え込み、脳
天に拳をねじ込む。
猿渡「いでで・・・!ま、待って、今回の計画、考えたの糟屋さんなんですから!僕がこんなに責められる筋合いなくないですか?ねえ?」
美希「えっ?そうなんですか?」
森園、攻撃の手を緩め、糟屋を見る。
糟屋「(そっぽを向いて)は?ふざけんなよ。俺は、お前があんまりしつこく頼むんで、仕方なく付き合っただけだし」
猿渡「糟屋さんっ!そりゃないですよォ!」
森園、再び猿渡を攻撃する。
猿渡の悲鳴が上がる。
糟屋、笑いながら二人を置いてさっさと歩いていく。
森園「美味しいとこ、全部一人で持って行きやがって・・・この・・・」
森園、今にも泣きそうな顔。
猿渡「やめてくださいって!」
一同、二人の取っ組み合いを笑う。
綺音だけ、糟屋の背中を愛おしげに見つめる。

○同・ロビー
一同、ぞろぞろとやってきて、合唱の隊形を作る。
森園がその前に颯爽と現れる。
見守る観客から、拍手と歓声が起こる。
森園、深々とお辞儀をする。
森園「えー、皆さま今日は、我々コール・シンフォニアの旗揚げ公演にご来場頂きまして、誠にありがとうございます。こうしてわざわざ足をお運び下さった皆さまに、特別にもう1曲、披露させて頂きたいと、思います!」
再び拍手喝采。
森園「それでは、聴いてください。『言葉にすれば』」
森園の合図で、一同、合唱曲『言葉にすれば』を歌い出す。
森園「女声ソロは、ソプラノ3年、長谷部綺音!」
一礼する綺音。沸き起こる拍手。
森園「男声ソロは・・・」
綺音「(挙手して)あの!男声ソロは、糟屋君がいいと思うんですけど、どうですか?」
糟屋「え、何でよ!俺?」
糟屋、おどおどと周囲を見回す。
周囲、ニヤついている。
綺音「前に言ってくれたよね、私の声、嫌いじゃないって」
綺音、顔を赤らめる。
綺音「私も・・・嫌いじゃないよ、君の声。ううん、むしろ好きだから」
観客たち、拍手と歓声を飛ばす。
妹尾、まだ狼狽える糟屋の背中を押し出す。
糟屋、慌ててソロを歌う。
糟屋「♪言葉にすれば、僕たちが巡り合い・・・」
それに呼応するように、綺音もソロを歌う。
綺音「♪数え切れない未来・・・」
糟屋・綺音「♪ずっと果てしない夢を見ていたい・・・」
二人のソロに導かれ、その他一同が歌出す。
糟屋と綺音、目線を交わし、微笑む。
※以降、曲を流したまま、場面転換。
     ×     ×     ×
出演者と観客が混ざり合い、交流している。
大輝、大きな花束を抱えて、人混みの中をうろうろしていたところ、糟屋を
見つけ、顔を輝かせる。
糟屋、昌史・希美子と話している。
希美子「本当に素晴らしかったわ。母さん、感激しちゃった」
希美子、少し下がって仏頂面で立っている昌史を振り返る。
希美子「お父さんもね、珍しくじっと見入ってたんだから。ね?」
糟屋「(昌史の方を見て)えっ・・・?」
希美子、昌史を前に押し出す。
昌史、きまり悪そうに咳払いをする。
糟屋、緊張の面持ちで昌史を見る。
昌史「ああ、見てたさ。あのステージの上で、お前が馬鹿みてーに大真面目な顔して歌ってんのをな。お前のあんな真面目な顔、初めて見た」
昌史、照れくさそうに笑う。
昌史「せいぜい飽きるまで没頭してろ。もう、中途半端は絶対許さねえからな」
糟屋の顔に安堵の笑みが広がる。
糟屋「父さん・・・」
大輝「先輩!」
大輝、糟屋のもとに駆け寄り、花束を差し出す。
大輝「僕、絶対慧明受かります!そんでそのまま大学上がって、シンフォニア入りますから!」
糟屋「だからお前、気が早えっつーの」
糟屋、花束を受け取り、大輝の額を軽く突き飛ばす。
いたずらっぽく笑う大輝。
森園が糟屋の背後に歩み寄って来る。
森園「瑛ちゃん」
森園の背後に、三橋孝明(56)が立っている。
森園「僕の叔父さん。三丸ガラスの」
糟屋、姿勢を正す。
三橋「君が・・・糟屋君?」
糟屋、ぎこちなくうなずく。
三橋、急に糟屋の手を両手で握り、熱っぽく語る。
三橋「素晴らしかった。君たちの崇高な志のもとに次々と仲間が集い、一つの大いなる歌声が生まれる・・・いや、これほど感動的なドラマはないと思ったよ」
糟屋「(苦笑して)は、はあ・・・」
三橋「そして、先ほどのロビーコールでの君のソロ!これまた耳を疑ったね。私はね、よく知ってるよ。ああいう美しい声を出せる男に、悪い人間はいないってね」
糟屋「あ・・・ありがとうございます!」
糟屋、三橋の手にもう片方の手を添え、握手する。
三橋「再来月、楽しみにしているよ。君のような素晴らしい新入社員を迎えられるとは、本当に光栄だ」
糟屋の笑みが引きつる。
※曲終わり。

○青空
柔らかな春の日差しが輝き、満開の桜の枝の桃色が青空に映えている。
T「2ヶ月後」

○カフェ・店内
たくさんの利用客で賑わっている。
エプロン姿の糟屋、テーブル上の食器の片付けをしている。
糟屋「ありがとうございましたー!」

○同・厨房・中
スタッフたちが忙しく立ち働いている。
糟屋、大量の食器を洗い場に運ぶ。
マネージャー、糟屋の方に歩み寄る。
マネージャー「糟屋、今日15時まで延びれ たりする?」
糟屋「あーすんません、俺、これから面接で」
マネージャー「そっか。そりゃ仕方ないな。てかさ、糟屋、慧明大出てんだよね?」
糟屋「はい」
マネージャー「だったらわざわざ就職浪人なんかしなくても、行けるとこはいっぱいあったんじゃねーの?」
糟屋「ちょっと・・・本当に行きたい企業に出会えなかったんで」
マネージャー「はぁー、天下の慧明大出てる奴でもこれだもん、社会っちゅうものはやっぱ厳しいなぁ・・・」
マネージャー、歩き去る。
糟屋、てきぱきと皿を洗い続ける。

○街中・路上
空は快晴である。
リクルートスーツ姿の糟屋、眩しげに頭上の満開の桜を見上げてから、スマホで面接の会場・時間の案内メールを見る。ホーム画面に戻ると、待ち受け画面には綺音との満面の笑みでのツーショット。
糟屋「(スマホをしまい)よしっ」
糟屋、歩き出そうとしたとき、賑やかなブラスバンドの音が聞こえてくる。
目をやると、道の反対側に慧明大学。大学の正門前で、学生たちがサークルの幟やプラカードを掲げ、出入りする新入生たちにビラを配っている。糟屋、腕時計を確認し、悪戯っぽい笑みを浮かべて、横断歩道へと駆け出す。

○慧明大学・正門・前
若い守衛が立ち、学生たちが行き交うたびに挨拶している。
そこを糟屋が通ろうとする。
守衛「こんにちはー」
糟屋、守衛に爽やかな笑みを向ける。
糟屋「こんにちは!」
守衛、驚くが、すぐに嬉しそうな表情に変わる。
糟屋、歩いていく。

○同・構内
呼び込みや声かけ、ビラ配りに励む学生たちでひしめいている。その中を、
興味深く辺りを見回しながら、糟屋が通っていく。
糟屋、ふと足を止め、掲示板を見る。
掲示板に、シンフォニアの宣伝ポスターがずらりと横一列に貼り出されている。楽譜と指揮棒を手に微笑む清純派の女性のグラビアポスターで、下の方に「※この女性は団とは無関係です」と特記がある。
糟屋、くすっと笑う。
糟屋「どっから引っ張ってきたんだよこのモデル・・・」
糟屋、立ち去ろうとして、隣で同じくシンフォニアのポスターをじっと見上げる新入生の男子に気付く。
糟屋「合唱・・・興味あんの?」
新入生、びくりとして振り向く。
新入生「いや、その・・・」
糟屋「いいじゃんよ、ちょっとでも興味あんなら、ぶつかってみれば?」
新入生「(慌てて)いや、いいですよ!僕なんてそんな、音痴だし、どうせ・・・」
糟屋、笑いながら新入生の肩を抱く。
糟屋「あのな、若者。お前には、お前にしか出せない声ってのが必ずあるはずなんだ。それをもっと誇りに思わねえと」
新入生、首をかしげる。
糟屋、唇をなめ、歌い出す。
糟屋「♪きみ、歌えよ・・・」
※曲を流したまま、エンドロール。


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