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文字起こししたもの「薄田泣菫」

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薄田泣菫作品で、青空文庫に無いものを個人的に文字起こししました。 読書に朗読に、どうぞご自由にご利用下さいませ。
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2023年7月の記事一覧

「大山木の花」薄田泣菫


 私の家の前庭に、大山木(たいさんぼく)の若木が一本立つてゐる。
 五月の初め頃、生毛に包まれた幾つかの小さな頭を真直ぐに枝先から持ち出したその花は、日毎にその大きさを増していつた。そして六月も上旬の蒸すやうな天氣が續く頃になると、莟のふくらみは佛の前に合掌する尼僧の手のやうに、靑白さに透き徹る神經性の顫ひと清浄さをもつて來た。
 やがて鬱陶しい梅雨の雨がしとしとと降り續くやうになつても、花の

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「行々子」薄田泣菫

 二三日梅雨の雨がびしょびしょと降りしきつたので、池の水嵩はいつもよりずつと殖えて來て、そこらにぎつしりと生えつまつた葦の下葉は、ささ濁りのした水のなかにひたひたと漬つてゐる。
 葦のなかからは、のべたらに葦切の騒々しい鳴聲が聞えて來る。
 爽やかな七月初めの風が、池の頭を掠めてさつと吹きつけると、そこらの葦の葉は一やうにうねうねと波を打つて靡き伏し、搖れ返し、その度にさらさらと葉擦れの音が高く低

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