エンゼルケアって、どんなケア?
看護の中でもエンゼルケア、というものが好きです。
エンゼルケアとは、患者さんが亡くなったあとに施すケア全般のこと。
広義の意味では、死後処置からエンゼルメイクまでを指すと言われています。
わたしの中では、この世の卒業式に立ち会うという感覚でいます。
患者さんを見送る、最期のケア
かつ、よくそういう場面にあたるんですよね。
こればかりは、運というかそういう星のもとに生まれたというか(死神という説も)
次第に好きで得意になっていきました。
もっと学びたいと思い、研修やプログラムに参加したこともあります。
だって
できるだけ、いい状態で旅立ってほしいから。
生前、どんな悪人であったとしても死に際しては関係ないから。
個人的に頭の中を整理する意味でもエンゼルケアがどういうものか、まとめておきたいと思います。
同時に、閉ざされた病室でどんなケアが行われているか、知っていただく一助になれば幸いです。
その時を確認する
その時がきたら、医師により確認が行われます。これは医師にしかできません。
死の三兆候である、呼吸停止・心停止・瞳孔散大を確認し、カルテに記すんです。
この時刻が、死亡時間になります。
これは、死亡診断書にも書く大事な事項。
話がちょっと逸れますが、日本では死亡してから24時間は火葬してはいけないと法律で決められています。
これは死亡診断を受けた人が、蘇生する可能性が絶対にないことを確認するため。他の国、宗教でも似たような話があるのを聞いたことある人もいるかもしれません。
実際に亡くなるときって、ドラマみたいにピーっと脈拍がゼロになる人もいれば、にわかには信じられないかもしれませんが、ゼロになったりまた復活したりを繰り返す…という人もいるんです。
わたしの直近のお看取りもそうで、30分くらい死んだり生きたりを繰り返してました(!)
三途の川でオロオロしてたのかもしれません……
いまの医療技術、診断基準で死亡を確認してはいますが、それでも生き返る人がいないことを確実に確認したい…!!
そのための24時間なんだと、わたしは捉えています。
この確認、ご時世的に厳しいところがほとんどでしょうが、ご家族をはじめ大切な人を囲んで…が望ましいとされています。
別れの場に同席することで別れを実感できること、悲しみや悔しさであってもそのときの感情を表出することは、遺された人たちにとってもポジティブな効果があると考えられているんです。
場合よっては、親族が揃うまで数十分~3時間ほど別れの時間を設けることもあります。死亡時刻も、心臓が止まった時間だと思われてる方が多いと思いますが、厳密には医師が死亡を確認した時間となります。
そのため、遠方からの親族到着を待って家族全員揃ってから死亡確認する、その時間を死亡時刻とする、ということも往々にしてあります。
処置をする
このあと、一度ご家族たちに退室いただき、医師と看護師で挿入されていた管類を抜去していきます。
見学したいというご家族も稀にいますが、ほとんどの人は見ていて気持ちのいいものではないので、ご退出頂くことが多いですね。
管を皮膚に縫いつけていたものは、医師がハサミで医療用の糸を切断していきます。他にも、人工呼吸器や脳室ドレーン、中心静脈カテーテルあたりも医師により抜去。
看護師は
点滴の針
心電図モニター
尿道カテーテル
傷の手当て
あたりを担当することが多いですね。
看護師が挿入できるものは、看護師が抜去という感覚です。
以前までは、鼻や肛門から体液が出ないように綿球やガーゼを詰めることもありましたが、なるべく自然な形でお送りするという理念の元、詰めものをしない病院もあるそうです。
わたしの場合、以前勤めていた病院は詰めものあり、いまの病院は詰めものなしといった感じ。
ただ、ご遺体の状況や病状の経過によっては嘔吐や下痢、その他体液の流出が懸念されることもありますので、詰めものをする場合もあります。
移送中に汚れてしまうのは、ご本人にとってもご遺族にとってもいいことじゃありませんからね。
それから、創が開いてる人や人工肛門がある人は医師により閉じる処置をすることがあります。
そのまま放っておくと、体液が漏れてきたり匂いが漂ってしまうためです。看護師になっていろんな匂いを嗅いできましたが、個人的には亡くなった方の身体から出てくるものほど凄まじいものはないと思っています。
ただ、亡くなっている人をいくら処置しても、傷口が塞がることはありません。細胞が生きていないため、治ることがないからです。
そのため、物理的に閉じてくるくらいのイメージでちょうど良いと思われます。体液が出てきてもいいように、傷口に分厚くガーゼを当てるのもこういう理由があるからです。
きれいにする
ここからが看護の見せどころ。
ご家族や親族の方と一緒にすることもある、清拭とお着替えです。
まずは、身体中をあたたかいタオルできれいに拭いていきます。
頭もお下も、すべてを。
衛生面を考慮するのと同時に、お清め的な意味合いも含まれているのではないか、と個人的には思っています。
少しだけ医療っぽいことを申しますと、亡くなってから早く清拭をするほうがいろいろ都合がいいと思っています。仮に血液や体液が皮膚に付着していたとしても、落としやすいからです。
次に、保湿。
保湿は、手持ちのクリームやワセリンなどを塗布することが多いです。
たとえがアレかもしれませんが、お刺身もラップをかけずに冷蔵庫に入れておくと乾燥して色も悪くなっていきますよね。あんな感じ。亡くなった身体も、皮脂を分泌することがありませんから、できるだけ早く保湿し油分に代わるもので蓋をしてあげたい、そんな気持ちなんです。
ご遺体もそういう視点でみると生モノなので、管理的に言えばできるだけ早く処置できるほうが望ましいのです。
それから、お着替え。
予想できない場合には、病院にある普段用とは別のそれ用の浴衣を着てもらうことが多いのですが、例えば長らくがんを患っており、本人や家族から最期に着せてほしい服が決まっている場合には、そちらを選びます。
こちらもちょっとそれっぽいことを申しますと、死後硬直との関連がありますので、なるはやが望ましいです。死後数時間経ってくると、硬直が始まりますので肩周りなんかが固くなって、うまく着させてあげられないんです。
死後硬直に関しては、名探偵コナン 12巻に収録されている事件の解説がわかりやすいので、よかったらどうぞ。
それから、元気なときにはちょうど良かったお洋服も、療養で痩せたり浮腫んでしまったりして、身体と合わないなんてことも出てきます。
そういうときは、洋服の下にタオルをいれてふくよかに見せたり、腰回りや見えないところをご家族の了解を得てハサミをいれて着ているように見せたり、いろいろと工夫をします。
先輩に聞いた話ですが、韓国の方が亡くなったときにチマチョゴリを着させて欲しいと言われたときには戸惑ったと言っていました。わたしも、和服は祖母の影響もあり着させ慣れてるんですが、他国の民族衣装までは…という感じです。男性のスーツも苦手。これも修行ですね。
ここのプロセスは、生前より続く御本人の尊厳を保つこと、本人らしく見せることがなにより優先されると考えています。
お化粧は最小限
映画「おくりびと」の影響からか、お化粧までしっかりやってくれると思っている方もいますが、実は病院内でのお化粧は最低限
あれは、プラスアルファのケアなんです。
なんで?と思われますよね。
お化粧は、ご本人をきれいに見せるためのもの。
となると、亡くなったあと1番きれいに見せたいときって、いつでしょうか?
葬儀と告別式ですよね。
ここが、1番きれいであってほしいわけです。
ただ、亡くなってから葬儀と告別式には必ず数日あきます。日曜が結婚式だからって、金曜からお化粧してる人なんていませんよね。お肌が荒れちゃう。
ご遺体も一緒です。
そのときにどんなにきれいにしても、葬儀まではもちません。
肌の色が変わったり、顔の筋肉が下がってきたり。
筋肉が硬直と弛緩を繰り返すので、どうしても変化してしまうんです。
そのため、なるべく良い状態で参列者にみてもらうためにも、お化粧など「よりきれいに見せるケア」は葬儀会社さんにお願いすることのほうが多いように思います。
エンゼルケアは、保健適応外
ちょっとドライに聞こえるでしょうが、エンゼルケアは保険適応の医療行為ではありません
保険適応となる医療行為は、あくまでも生きている人間に施すもので、亡くなってしまったご遺体に施すケアは算定外となるんです。
医療機関によって価格はさまざまで、いまわたしが勤めている病院は4万円くらい、前に勤めていた大学病院では10万円くらいのコスト算定でした。
ご遺族も、亡くなったすぐあとに会計するのは稀で、葬儀などが落ち着いてから再び病院にきて支払いをすることがほとんどです。
ここで、なんか高くない?と思っても、死後処置の欄を見ると納得されている方が多いように思います。あぁ…あれは自費なのねって。
エンゼルケア、高くない?なんていうとバチが当たりそうな国民性も相まって、ここでクレームをいれてくる事例にわたしは出会ったことがありませんが、経済事情はさまざまなので心配な人はぜひ早めに相談を…!
一歩先のケア
ここから先は、もう少し専門的な話をしていきますね。
お顔を整える
多くの高齢患者さんがそうですが、生前のときのお顔と大きく変わってしまうんですね。その要因のひとつが、入れ歯の有無。
原則、火葬時には貴金属を棺の中にいれてはいけません。
そのため、入れ歯はいれないのがデフォルトとなります。
ただ、そうすると口周りの様子が大変寂しくなります。
頬がこけたような印象になるんです。
そのため、ガーゼや綿球を口の中にうまく入れ込み、入れ歯が入っているようにみせることがあります。もちろん、限界はあるんですが。
それから、口が開いてしまう現象。
筋肉の弛緩や骨格的にしかたのない部分でもあるのですが、どうしても口が開いてしまいます。
ただ、ご家族としても本人の尊厳を守る意味でも、できるだけ口を閉じてあげたい。そのほうが、キリッとした印象になりますし、あたかも眠っているように見えるからです。
そのため、顎の下にフェイスタオルを丸めてクッと固定しておくことがあります。そのまま葬儀会社に受け渡すことも。
一応、顎が開かないように、顎バンドなる商品も出ているんですが、わたしはあまり好みではありません。
亡くなった方の顔周りを白いひらひらレースが1周してるって、こう…ちょっとアレに見えます。それに、浮腫んでいるご遺体だとバンドを外したときに跡が残ってしまって、これまたアレなんですね。
ご遺族の希望があれば使いますが、使ったあとの姿をみたご遺族は「やっぱそれ、使わなくていいです…」とおっしゃることがほとんどの印象です。
合掌バンドも然り。
これは各々の倫理観によりますが、亡くなった人の身体を縛るというのに抵抗を感じる人が多いからだと思います。
それなら、合掌させずに自然な体勢で…というご遺族も多いです。
ペースメーカー問題
本来、医師の処置時に摘出するのが望ましいと言われていますが、先に述べたように摘出したあとの創傷管理も難しいのがこちら。
そのため、多くの医療機関で摘出しないまま火葬場に運ばれている患者さんが多いように思います。
ただ、火葬場スタッフからすると、ペースメーカーって危険でしかないんです。
ペースメーカーってアメリカで作られているものが多いんですが、あちらは土葬の文化が根強いです。そう、ペースメーカーは火葬を前提に作られていないんですね。
そのため、火葬時には爆発するそうです。
ポンポンって。
火葬スタッフが怪我をしそうになったという報告も、なされています。
スタッフを守るためにも、事前に申し出なくてはいけないところが多いので、親族にペースメーカー挿入者がいる方は留意してもらえたらなと思います。
特殊なメイク事情
通常のエンゼルケア内のメイクを超えるメイクが必要な方、求める方がいるのも事実です。
びっくりしないで読んでほしいのですが、わたしが聞いたことのある例だと
ほぼ生前の顔に戻してほしい
絞首の跡を消してほしい
刺青を目立たないようにしてほしい
薄毛を隠してほしい
あたりでしょうか。
ここまでくると、特撮における特殊メイク並みのスキルが求められます。さすがに、医療従事者も葬儀会社もここまでのスキルを持っていることはないので、そういう業者や請け負っている方を探してもらうしかありません。
特に、「絞首の跡を消してほしい」は親族からの要望が多いと聞いています。タートルネックやマフラーを巻いて対応している方もいるそうですが、メイクで見えないようにすることも可能だそうです。
おわりに
2020年の統計によると、出生数が約90万に対し死亡数は約140万にのぼります。
高齢社会は、そのまま多死社会につながっているということの表れですね。
みなさん、出産時のエモいコンテンツがお好きでしょうが、数でいえばお看取りのほうが多いんです。
消費者の心情を配慮して、大きく広告を打ち出してところは少ないでしょうが、介護業界や葬儀業界の市場は確実に伸びています。
ご時世もあいまって、報道やメディアで取り上げられることは少ないでしょうが、お看取りだってエモいんですよ…!
くわえて、声を大にして言いたいことがひとつだけ。
学校で性教育から分娩まで習うのに
どうしてお看取りは習わないんでしょうか?
縁起が悪いから?
死を扱うことはタブーだから?
みんな必ず死ぬのに
おかしいと思いません?
「おわりよければすべてよし」と一言で片付けるつもりはありませんが、それでも
はじまったらおわるということ
終わり方を考えることは
いまをどう生きるかを考えること
だと思っています。
このnoteが、そのきっかけになったら
こんなに嬉しいことはありません。
貴重な時間を使い、最後まで記事を読んでくださりどうもありがとうございます。頂いたサポートは書籍の購入や食材など勉強代として使わせていただきます。もっとnoteを楽しんでいきます!!