チームで仕事するときに役立つテキストコミュニケーションスキルをカルテ視点から考えてみた
みなさん、ごきげんよう。
常にオンラインのせいか、本業が看護師だとなかなか信じてもらえないナースあさみです。
さて、今回はカルテの話。
みなさん、なんだかんだ一度は病院にお世話になったことがあると思うのですが、そもそも自分のカルテって見たことありますか?
名前と血液型と病名と症状と…
他になにが書いてあるんでしょう?
誰がどこに書いてるんでしょう?
カルテの内容は、日々の仕事にどうやって活かされているんでしょう?
ここら辺にアプローチしていきます。
カルテの内容ではなく書き方についてですね。
医師や看護師がパソコンに向かってる姿がTVでうつることがありますが、あれはカルテを書いています。
今日やったことを記録してるんです。
じゃないと、次に担当する人が困ることを知っているから。
自分も含めてね。
そして、人はミスをするものという大前提をみなが共有しています。
すべて頭の中で完結してる人なんていません。
聖徳太子だって、同時にいろんな人の話が聞けたかもしれないけれど、それを覚えていたかどうかはまた別の話。
言ったこと
やったこと
これらは、記録しておかないと証明できません。
電子カルテ
紙カルテ
どちらも仕事で使ってきたので、両方のいいところを合わせてお伝えできるはず。
チームで情報を共有しながら仕事をすすめているすべての人たちに、臨床から愛と元気をこめて。
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まずは、カルテの内容を大きく3つにわけて説明します。
データベース的なもの
その人の全体的な情報が載っているページです。
詳細は、下記の記事をどうぞ。
ものすごく雑にいうと
・入院までの経緯
・いまの状態や問題
・こういう治療や介入をしている
これがまとまって載っているページですね。
読むと、その人のことがふんわりわかる。
これは、看護師が主に情報を集めて整理しています。
更新事項や新しい情報があれば、随時追記。
HIV陽性がわかったよとか
ひょっこり出てきた遠縁のおじさんの連絡先とか、ですね。
医師も
薬剤師も
管理栄養士も
OTもPTも
言語聴覚士の
医療事務の人も
患者の人間的な情報が知りたいと思ったらここをみているはずです。
特徴としては、毎日更新されるものではないというところ。
患者の歴史を刻む場、だと思っていただけるとわかりやすいかもしれません。
わたしたちは、日々、人生という歴史を刻んでいますが、過去の歴史が大きく覆るようなことはそうそうありません。
患者の全体像がコロコロ変わるのは、救命センターにいる患者くらいでしょうか。
ガントチャート的なもの
工程管理やプロジェクト管理でおなじみかもしれませんが、わたしたちの世界では、温度板(おんどばん)とかケアフロー、フローシートと呼ばれています。
こういうやつ
患者の状態を管理するものなんですが、ガントチャートと違う点があるとしたら、毎日少しずつ書き足していくものであるということ。
自分の勤務帯が終わったら、その縦のラインにあたる部分の項目がすべて埋まっているはずなんです。
足していくのではなく、埋めていくというプロセス。
看護という仕事はマイナスをゼロにする仕事だと思っています。
このマインドが活きているのが、このチャートの記録。
薬をのませて
必要な点滴を投与し
身体を拭いて着替えをして
食事を食べて
これでやっと、ゼロの状態。
ニュートラルと言い換えてもいいかもしれません。
人の長所を見つけるよりも、短所のほうに目がいきがちな習性をうまく利用しているな、とも思います。
だから、抜けがあるとすぐにわかるんです。
〇〇さんの薬のサインないけど、これ飲ませてないってこと?
とか
これ、検査項目が終了になってないけど
検査科に出してないの?
それとも、検査が終わってないの?
あ、そもそも検査が出たことを
先生から指示受けしてないのね、了解!
とかね。
上記は紙カルテの例ですが、電子カルテでも一緒です。
電子カルテの場合は、観察項目リストをチェックしていけばチャートに列挙されるようになっていますし
評価尺度もアレンジできるのでポチポチしていけばチャートが埋まるようになっています。
他にも、採血データやその日の検査も列挙させることが可能。胃カメラの結果どうだったかなとクリックしたら、胃カメラの経時記録にジャンプ、そのまま胃カメラ中に撮った胃内の画像をみることもできます。
本題からは逸れますが、これがオンラインで可能になったときのメリットとデメリット、考えてみるだけでおもしろいですよ。
日記的なもの
日々ちょっとずつ書いていく記録がこちらになります。
経過記録とか経時記録なんて言ったりします。
治療がうまくいっているか
介入しているケアは妥当かどうか
問題に対するPDCAを回していく場、と理解してもらえると良いんじゃないかな。
医師の場合なら
〇〇という抗生剤を投与しているが反応がいまひとつなので△△に変更、本日より3日間投与し17日の採血で評価
みたいな。
看護師の場合は、看護計画というプランを立てて介入しているので、引き続き継続するとか、目指すレベルを引き上げて再度評価していくとか、もう介入が不要なので終了する、みたいな記録を書きます。
ここからは、カルテを書く上でポイントだと思うところを挙げていきます。
実行内容はもちろん、誰が書いた記録なのかが明確
議事録や記事があったとして、最近のアプリ内ではそれにコメントしていくときに言及先やアイコンがあらわれると思うのですが
本文そのものも誰が書いたのかがわかるようになってるのが、カルテ。
ここが、カルテをカルテたらしめる要素だと思っています。
基本的に、誰が書いたかわからない記録は有り得ません。
必ず、誰が書いたか明記されています。
その上で、日々のタスクや業務を記録していくんです。
2月15日 22Gサーフローを右前腕に留置
次回交換日 2月18日
キシロカイン 1A(10cc)のうち8cc使用
残破棄
といった具合。
点滴はもちろん、飲み薬や貼り薬、目薬、塗り薬も誰がいつ投与したのかを記録していきます。
ここまでやっても、インシデントは起きるもの。
振り返るときも、もちろん記録を頼ることになります。
誰が、いつ、なにを、どれくらい、どの経路で投与したかが残されているはずだからです。
テンプレートを活用する
そう、みなさんの想像の通りカルテは記録の量が膨大になります。
担当者は受け持ち人数分のカルテを書かなくてはなりません。
そこで登場するのが、テンプレート。
わたしが使ったことのある例だと
・転倒転落発見時テンプレート
・カンファレンステンプレート
・身体抑制に関するテンプレート
あたり。
テンプレートというと、見栄えのいいまとめ方のような意味合いを想像する人も多いかもしれませんが
記録を残すという文脈では、効率化と簡略化の意味合いが強いのではと考えています。
ほら、書くほうも大変ですが読むほうも大変ですから。
テンプレートのタイトルをみただけで、どういう要素の情報が載ってるかがわかるのは、読む側の心のカロリーを奪わない配慮だなとも思っています。
意思決定のプロセスは懇切丁寧に残す
臨床では、人生において重大な意思決定をすることも少なくありません。
手術をうける
抗がん剤をやめる
子どもが嫌がる治療の意思決定を親が代理決定する
こういうことを決めるのですから
記録だって、負けていられません。
いつ
どこで
誰が
誰に
どんなことを説明し
どこに同意したのか、しなかったのか
ときにテンプレートを使って細かく残していきます。
カンファレンステンプレート(例)
(説明者)山田医師
(同席者)田中看護師
(説明を受けた人)本人、配偶者、娘
(内容)病名と治療方針について
各種検査の結果、ステージⅢの大腸がんだと思われます。今後、手術をして病巣を切除することになりますが、周りへのリンパ節や臓器への転移が考えられる場合には、術後抗がん剤や放射線療法も必要になってくる可能性が高いです。わたしたちとしては、手術をしてその後の治療をすれば治る見込みが高い状態だと考えています。
このまま手術を受けるという方針でよろしいでしょうか?
(説明を受けた人の反応)はい、お願いします。(本人・家族の総意)
(同意を得たかどうか)手術への同意を得た。今後は日程調整へ
こんなイメージです。
説明をうけた人の反応を残すこともあります。
心から納得していそうなのか
やや懐疑的なのか
迷っていそうなのか
代理意思決定者たちの総意が揃っていないときには、こういうことも書き残すことがあります。
揉め事が起こりやすいプロセスのひとつだからです。
そして、意思決定の結果を残すことも忘れません。
印鑑なんて古くない?なんて議論が最近もありましたが、医療の世界では、基本的に書類に直筆のサインをもらうことで同意を得たとみなすことが多いです。
カルテがオンライン上で展開されていない、ということも理由のひとつですが、これ、同意を得たことをサインするという行為をもって証明してるんですね。
口頭じゃダメなんです
記録に残らないから。
ちなみに、緊急時は電話で説明し同意を得ることもありますが、滅多にありません。
電話した相手が、その人であるという証明ができないからです。
配偶者に電話したとして、電話をとった相手が配偶者かどうかなんて、わたしたちにはわかりませんよね。泥棒かもしれん。
治療や今後の方針を説明し同意を得る上で、患者から同意が得られなかった、サインしなかったという例ももちろんあります。
そういうときも、記録に残します。
ちなみに、書類は一部が患者控え、もう一部が病院控え。カルテに保管していきます。電子カルテを導入していた病院でも、各種同意書は紙のままでした。
わたしたちが高齢者になる頃には、せめてビデオ通話で説明、iPadペンシルでサイン、書類はPDFで保管するような流れになっていて欲しいですね。
(お願い、なってくれ…!!!!)
書き方のルールを共有している
日々、いろんなところにいろんな記録を残してる我々ですが、それぞれに書き方のルールがあります。
そのルールをみんなで共有し守っているから、そこそこスッキリしてみえるんですね。
たとえば、さっき出てきた温度版
記載してみるとこんな感じになります。
上のほうにあるジグザグしているの、これ
青が体温
赤が脈拍
緑が血圧
を表しているんです。
おそらく、どの医療機関でもこの書き方は統一されているはず。
今日の気分はむらさきだから!
って理由で、脈拍をむらさきで書いたりしないんです。
そんなことされたら、見にくくてしかたがない。
左記にある指標も、ちゃんとそれぞれのものが載っているでしょう?
他にも、特徴的な記録の書き方にSOAP(ソープ)というものがあります。
S:主観的情報(患者の声)
O:客観的情報(看護師が観察したこと)
A:アセスメント(解釈)
P:プラン(結果や介入)
前に述べた日記的なものの記録は、これに準じて残すことが多いです。
例を載せるとこんな感じ
2020.2.10 1:45 <転倒>
S:あれ、ここ家じゃないの?…寝ぼけちゃったのかな…
O:上記時刻、物音で訪室すると患者がベッド脇の床に倒れているところを発見。左臀部を押さえている。外傷なし、バイタルサイン著変なし。看護師二人がかりでベッドへ戻す。神経学的所見見られず、左臀部にやや発赤見られる。当直医に上記報告、腰部〜股関節のレントゲンオーダーあり施行、骨折見られず経過観察の指示あり。
A:高齢であることに加えて、22時のブロチゾラム(睡眠薬)内服初日であったため起き上がり時にふらついてしまい転倒したものと思われる。必要時ナースコール協力を得るとともに、得られない場合にはセンサーマット等を設置し、行動把握に努め患者の安全を確保していく。
P:#1 転倒リスク状態、一部プラン修正し介入継続。
そして、どの記録にもいえますが、必ず時系列で書いていきます。
ICUや手術記録もすべてそう。
何時何分になにが起こったか、年表にように書き連ねていくのです。
確定した記録は取り消せない
一度確定した記録を取り消すことはできません。
書き直しがきかないんです。
編集されたコンテンツ、PCやスマホに慣れている人にとっては、ちょっと理解不能な考えだと思うので詳しく説明させてくださいね。
紙カルテなら二重線をひき、その下に修正した記録を書きます。
その下に、修正した日時と自身の名前を書きます。
これは、ミスのプロセスをちゃんと残しておくということなんです。
電子カルテの場合も一緒。
むしろ、こっちのほうがえぐいかも。
上書き修正が可能なのですが、もとのテキストに線がひかれた状態で残ります。こちらもミスのプロセスを残しておこうぜというスタンス。
くわえて
記録を確定した時刻を修正できないようになっています。
これは、システムをもってしても変更不可能な仕様
こんな感じでカーソルを合わせると、実際にその記録を確定した時刻が表示されるようになっているんです。
これにどういう意味があるのかというと
2月10日 17:00の記録をその日の18時くらいに書いててもおかしくないですよね。残業したんでしょう。
ですが
たとえば、次の日の12時に書いてたらおかしくないですか?
その日、休みのはずだったのに、わざわざ病院に出てきて書いたのかしら…
たとえば、その記録が重大な医療事故につながるもので、このままの記録を裁判所の提出したら医療関係者の中で不利益を被る人がいたらどうでしょう?
修正したら、その人を助けられるかもしれない…!!
ということができないようになっています。
確定した記録を修正できない理由、おわかりいただけたでしょうか。
だから、記録を確定させるときには自覚の伴った責任が発生します。
書けばいいってもんじゃないんです。
カルテは、裁判の際に重要な資料に、そして証拠となります。
わたしたちは保身のために嘘を書くことは許されませんし、あの患者嫌いだからって医療算定を水増しすることはできません。
患者が不利益を被らないよう、できるだけフラットな情報を書くことが求められているのです。
属人的ではない
クリエイターや経営者のみなさんには縁のない話かもしれませんが、わたしたち医療関係者の多くがシフト制で働いています。
これを患者さんの目線から考えると、その日誰が担当になっても一定のケアを提供してもらえる体制が整っている、ということなんです。
〇〇さんはできるけど△△さんはできない
●●さんがいないから今日はむり
ということがないんです。
ユニバーサルデザインのような感覚で、ユニバーサルテキストコミュニケーションがベースにあるからこそ成せる技だと思っています。
専門用語の良さ
わかりやすさが優先される昨今ですが、カルテにおいては専門用語が優先される傾向にあると思っています。あと略語も。
難しいけど、細かいところを的確にあらわしてくれる言葉。
だから、概念の齟齬が生じにくくなるんですよね。
おなかが痛いという患者の訴えも、おなかのどこがどう痛いのかによって治療方針が異なってきます。
右側腹部に圧痛ありと記すとより的確になりますし、マックバーニーに圧痛ありと記せば、それだけで虫垂炎を疑うようなニュアンスを含むことができます。
ね、そんなに悪いものでもないんですよ。
おわりに
言った言わないの論争ほど、無意味なものはないと思っています。
記録に残したくないプライベートなやりとりは電話ですればいいとして
その他のやりとりは、テキストが望ましいなと思っています。
だって記録に残るから。
今後、起こるかもしれないやりとりに備えて
自分のリソースを注ぐというプロセスを踏んでいるところに
好感や信頼を感じる人も多いのではないでしょうか?
記憶は、薄れるものです。
人は忘れていく生き物って、ミスチルの櫻井さんも言ってますしね。
人の記憶は時に美化され、自分に都合のいい解釈がなされていきます。
そういう自分を過信しないためにも、記録は優れたプロセスだと考えています。
相手を守るために
自分を守るために
そして、チームでの仕事を円滑に進めるためにも
記録に残すというスキルが、もっと世の中に定着して欲しい。
信じるなら、記憶よりも記録を
そして、記録を残してくれた人へ、ありったけの敬意を。