「これでいい」も悪くない
暮らしや家事が好きだと、ていねいな暮らし民だと思われることも多いのだけど、実際のわたしは大変におおざっぱである。
採血時、笑顔で
ちょっとチクッとしますからね〜
と言いながら、腹の中では
(針を刺すんだから痛いに決まってるわよ〜)
と思いながら針をぶっ刺している。
よって、ていねい国の住人ではない。
どちらかといえば、おおざっぱ村の住人だ。
もうひとつ。
看護という仕事と関連して、より良い意思決定に関するnoteもたくさん書いてきたけど、わたしだっていつも気合いをいれて意思決定しているわけじゃない。
そりゃ、いいものを長く使いたい気持ちもあるけど
とりあえずこのワンシーズンを過ごせればいいやってもの
そこまで興味をもてないもの
ひとつやふたつじゃない。
なんとなくで選んできたこと
そのとき欲しくて買ったもの
たくさんある。
わたしの場合、シャンプー&トリートメント
例の感染症に罹患した以降さらにそうなんだけど
もうね、洗えればなんでもいい。
香りとか洗い上がりとかどうでもいい。
皮脂と汚れを泡で流してくれたらそれでいいの。
だから、コストコで売ってる
一番安いシャンプーに落ち着くのだ。
コスパしか頭にない。
約2L入っているから詰め替えの回数も少なくて済むしね。
わたしが直毛で髪のトラブルがあんまりないっていうもの大きいだろうけど、自分でも驚くほどの興味のなさ。
そのくせ、ボディーソープは3種類を使いわけてるの。
意味わかんないでしょう?
誰だって、すべての意思決定にフルのリソースと愛を注ぎ込めるわけじゃない。
「これがいい」ではなく
「これでいい」で落ち着いたもの
意外とたくさんあると思う。
おうちの掃除や断捨離をしてると、そういうものを買ってしまった自分に嫌悪感を抱くときもある。
けれども
あのときのわたしは
他にもっと大事な意思決定をしていた
と思うようになってから、ちょっと心がラクになった。
それを選ぶためのリソースを他に回していただけ。
それをないがしろにしていたわけじゃない。
なにかを選ぶって、なにかを捨てるのと同じこと。
思考のエネルギーを喰う行為なの。
だから、疲れて当然。
そういうときは、思い切り自分をチャージして
また選ぶ場に立てばいいんじゃない?
と考える、梅雨の朝なのでした。
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