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農民社長のための経営入門 2

私の望みは生活をすること


私の近くにいる経営者は中小企業の社長ばかりだけれど、みんな仕事が大好きだ。朝は誰よりも先に会社に行く、みんなが帰った後は商工会議所の集まりやロータリーやJCや勉強会、懇親会、せっせと会合に顔を出す。休みの日も仕事関係者でゴルフに言ったりBBQをしたり。そうでなければ仕事関連の書籍に目を通したり「致知ちち」※1とか読んだりする。そもそも経営者なんて言うのは息をするように仕事のことを考えるものだ。創業100年超の会社の人とかみんなそんな感じである。

ところが、私ときたら気づいたら経営者なもんだからいつだってアワアワしている。このような優秀な経営者の方々とはもう本当に世界が違う。彼らの目標とは社会的に意義のあるサービスや製品を世に出すことだったり、自社の繁栄と社員の幸福だったりする。だが私の目標は

できればサボりたい

言っておくが、別にサボってブラブラしたいだけじゃない。何がやりたいのかと言うと、私は生活がしたいんである。ちょっと何を言っているか分からないと思うんだが考えてみて欲しい。地球上の生命体で「生活」するのって人間だけだと思う。食べ物を探す、食べる、排せつする、子供を育てる、敵と戦う、移動する、眠る。これらのことは多くの生き物がやっているんだけど生活をしている生き物っていない。私の言う生活とは生きるための最低限の行為である食べることや、寝ることの合間にすることで、自分の暮らしをつかさどること。

重ねて言っておきたいのは「暮らしの手帖」や昔の「ku:nel」※2みたいなおしゃれでていねいな暮らしがしたいわけではない。

私の言う生活とはトイレのトイレットペーパーを交換したらちゃんと芯を捨てる、とか、冬用のブーツは春になったら磨いて脂分を補給して湿気のないところに仕舞う、とか、卵を産んでもらうために鶏の世話をするとか、そんなようなことだ。憧れの生活ではなくて、自分の現実の、実際の生活を受け入れてそれをこなして、それを当たり前に淡々とやること。これが私の真にやりたいことなんである。

ところが万年新米経営者の私は生活どころか、毎日朝から寝るまで仕事のことばかり考えている。あれ?矛盾してない?さっきほかの経営者とは違うって言ってなかった?サボりたいって言ってなかった?そう、私は万年新米であるがゆえに未だにダメダメ社長で朝から晩まで仕事をしないと仕事が終わらない。サボりたいと口では言っても馬車馬のように働いている。だから当然生活などできるはずもなく、遅くに帰ってきてはなだれ込むように冷蔵庫を開け常備菜を取り出して夕飯の準備をしながら夕飯を立ったまま貪り食い、食べ終わりながら洗い物をし、そのあとまたPCの前に座って寝るまで仕事をする。洗濯物を溜め込み、乾いて取り込んでも畳みもせず、翌日には積んだまま畳まれない洗濯物の中から靴下をなんとかペアで探し出しそれを履いてまた仕事へ行く。

こんな風だから、もう生活することなんて言うのは高嶺の花なんである。私はなにも音楽を聴いてゆっくりしたり、ソファに座って本を読んだり、お気に入りのアロマを炊いたりしたいわけじゃない。そもそもお気に入りのアロマなどない。私は淡々と、日々のことをこなしたいだけだ。使ったものは元の場所に返す、座ってご飯を食べる、寝る前にシンクを磨いて翌日の朝ごはんの準備をする、鶏小屋の掃除をする、シーツを洗って干す、乾物を戻す、階段を拭く。そんなことで十分なんだが、こうやって書くと

それって家事じゃないの?

と思われるかもしてない。だけど、家事でもない。家事じゃないんだ。生活なんだ。例えば、ここに棚があったら便利だなと思ったとして、そこに小さい棚を作りつける。これは家事じゃないと思う。庭の排水が悪いので側溝代わりの溝を掘る。これも家事じゃない。じゃあ何かっていうと、生活なんだ。


正月の準備をちゃんとしたり


鶏用の菜っ葉を刻むのも生活


季節になったらフキの芽を採ってきてフキ味噌を作るのも生活


日向ぼっこをするのも生活だ


目の前の用事を淡々をやる、日々の生活を少しだけ快適にする。あるかも知れない明日のための今日を生きる。特別なことをするわけじゃない。そういった日々のささやかな生活の中に小さい喜びを見つけることはなんて贅沢で豊かなことだろう。生活は私の無上の喜びだ。けど仕事をしているとそうはいかない。なにしろ私以外は全員パートさんだから、決定できる人は私しかいない。誰かが言っていた。

「意思決定が多いと人は消耗する」

確かに今は意思決定が多すぎる。息子が手伝ってくれるようになったから、ずいぶん楽にはなっているけど、今年はさらに改革を勧めてこの構造にメスを入れないと私はいつまで経っても労働の下僕である。ここから脱却するため、人並みの生活をするため今の構造になんとかメスを入れないと死ぬまで生活なんてできんぞ。


※1「致知ちち
企業人が読む企業人を企業人たらしめる良書と言われている定期刊行物。大企業の社長やスポーツ選手など成功者のインタビューが多い。たいへんいいことが書かれているらしいが私が読んでもまったく何が書いてあるか分からない。だいいち私は成功の話より失敗の話のほうが好き。

※2「ku:nelクウネル
マガジンハウスが出していた雑誌で広告が少なく、ざるやリネン、台所や田舎の暮らしをフィーチャーして人気だった。廃刊になったときはSNS上で一部の人たちの阿鼻叫喚が聞かれ「ku:nel」ロスの人が続出した。

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