見出し画像

「○○に似ている」はなぜ褒め言葉にならないのか。

【褒め方について】

 日本人は他者を褒めるのが苦手だという。実感としては大いに同意する話だ。

 例えばぼくが何か物語を作ると、それに良い感想を持ってくれた人から、コメントをいただく。それがもし「感動しました」や「面白かった」あるいは「心に響きました」なんてものなら素直に「ありがとうと言える」のだが、なぜか「○○に似てますね」といった指摘の言葉が来て、返答に困ることが多い。

 少し検索するだけで「○○に似ている」と言われることを不快に思う創作者はかなりの数が見受けられる。特に絵を描く人などは「似ている」イコール「パクリ」の指摘にも近づくため、強い拒否感を持つ人が多いようだ。逆に音楽の場合はジャンルの定義があり先行者へのオマージュやサンプリングが手法として確立しているためか、さほどの拒否感はないように思えるが、それでも「○○に似ている」という褒め言葉が歓迎されている気配はない。

なぜ「似ている」が褒め言葉になり得るか

 ここで一旦、観客の立場になろう。映画や舞台、小説や漫画を読んで面白かったと思った側に立ち、良い意味で「○○に似ている」と思った時のことを考えよう。

 人間には、過去の経験に従って好感度を測る機能が付いている。かつて良い記憶をもたらしたものには、高い好感度が紐付けされているため、脳はその好感度に従って快楽物質を分泌する。

 ただし、出される状況と共にある物体などとの組み合わせによって、その好感度は乱高下する。どんなに幸せな思い出だって、最悪な出来事とともに現れたら好感度はマイナスにになる。いわゆる「上等な料理にハチミツをぶちまけるがごとき思想」というやつだ。

 良い組み合わせと、事前のセッティング、そして観る側のコンディションによって「○○に似ている」は好感度の尺度になる。作品を思い出すときに、セットで過去に好感度の高かった別の作品を思い出すこともあるだろう。

 それを、そのまま、創作者に出せば、どうなるか。

観客は創作者ではない

 実はこの話題、Twitterで観客の方とのやりとりを経て学んだことを書いている。印象深かったのは「自分がかつて好きだった○○と似ていることが嬉しかったのです、なぜならもうその大好きな○○の続編が作られることはないので」という内容の返答だった。

 そこまで説明されたら、不快感など一ミリも感じない。その思いを真摯に受け止めて、新しい作品を作っていくことしかぼくたちにはできないからだ。

 ただし、そこまで説明できる観客はそう多くない。なぜなら観客の多くは創作者ではないからだ。「自分が好感度を持った相手に、好感度を持った理由を教えたい、なぜならそれは自分にとって嬉しいことだったので」

 創作者が創作を始めた時のことを思い出せば、それが何ひとつ悪意のない素直な思いであることがわかるはずだ。

 誰もが何かに衝撃を受けて、自分も作る側になりたいと思ったのだから。

良い褒め方とは何か

「○○に似ている」と言われて喜べる場面は、おそらくその「誰か」が恐ろしく高いレベルの世界で自分とは比べものにならないと感じている場合だけだろう。創作者とは、その「恐ろしくレベルの高い世界の誰か」と同じ板の上に立っていると思い込んでいる大馬鹿者なのだ。そう思い込んでいなければ、同じ板の上には永遠に立てない。

「○○に似ている」という褒め言葉は、だから「あなたは○○とは比べ物にならないくらい低いレベルだけど、似ていてすごいですね」という意味にも取られかねない危険な言葉なのだ(そのくらい被害妄想的に受け取る人もいることは、想定しておいて損はない)。

「じゃあ、どう褒めればいいのだ」

「好きだ」と伝えることが、一番の近道だろう。

 シンプルで美しい、正拳突きのような基本の型だ。

 日本人は他者を褒めるのが苦手だという。おそらくそれは好きだという気持ちを伝えることが、この国では何かおかしな歪んだ感覚で共有されているからだ。「シンプルにストレートに好きだといったら勘違いされてしまう。私は俺は僕は拙者は、そんな邪な気持ちで好きと言ったわけではないのに」

 邪でいいじゃないか。頭の中を引っ掻き回されてとんでもない気持ちにさせられて、忘れられなくてたまに思い出して泣いたりするのだ。それはもう「好き」だろう。

「好きだ」と言おう。私はあなたに人生を変えられてしまいましたと告白しよう。創作者たるもの人間の千人や一万人、情緒と記憶をめちゃくちゃにできなくてどうする、といった気概でめちゃくちゃになろう。

 そして、他の人にも教えてあげよう。私の好きなこの人は、こんなに素晴らしい人なんですよと教えて、みんなをめちゃくちゃにしてあげよう。

 そうすれば、その創作者はまたあなたを好きにさせるなにかを生み出してくれるかもしれない。

サポートしていただけると更新頻度とクォリティが上がります。