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初詣ない

【短編小説】

 はつもうで。はつ・もうで。はじめてのもうで。もうでる、もうでない。

 はつ・もうでない。

 わたしは無神論者だ。日本人によくある「無神論ですぅ〜」と言いながら特定の宗教に肩入れして神妙な顔で神域へ足を踏み入れるわけでもなく、不可知論者を気取って例年行事をフラットに楽しめるほどの空虚さにも耐えられない。幼い頃に神の不在を感じ、長じてからは思想信条としての無神論を選択した。

 わたしは自覚ある無神論者として、いま、ここにいる。

「おみくじはお詣りのあと! あ、チーズスティック食べたーい」
「列に並んでるから、買ってきたら?」
「えーでも並んでる間に進んだらやじゃん」
 みさきは列の後ろを見る。わたしたちのあとにも人は並び、もう鳥居を出て道路まで列は続いていた。

 幼なじみのみさきとわたしは、互いに孤独なクリスマスをすごし、とくに一緒にいる相手もいないからという消極的な理由で、わたしの部屋で年を越した。テレビからは低俗なバラエティ番組が流れ、テーブルの上のスナック菓子と酒が行き戻りする思い出話と共に、腹の中へと消えていく。

 高校一年の時に、みさきがつきあっていた同級生の頭を後ろから鉄のゴミ箱で殴った。けっこうな騒ぎになったけど、学校側からの示唆もあり、すぐに話は終わった。示談の席で、教師と向こうの親がニヤニヤしていたので、その同級生がみさきに何をしたかを、子細克明に報告した。同級生の母親とわたしの担任は泣いて謝ってわたしを止めようとしたけど、そこにみさきはいないし、勝手に聞いたことを話すわたしもわたしだし、なんかごめんね、って思った。

 みさきはその後すぐに転校して、高校を出たわたしが東京に出てすぐに再会した。美容部員をやっていたみさきは、まぶたをきらきらさせて、まつげをひらひらさせて、ライブハウスで働いているわたしのことをいろいろ聞いた。東京に出てスカートを履かなくなったわたしを見て、みさきは「よかったね〜似合ってるよ〜」と言って褒めてくれた。

 午前3時、若手のお笑い芸人たちが持ち寄ったネタを披露する声を背景に、みさきが言った。
「初詣に行こうよ、近くに神社あるんだ、でっかいの」
 わたしは神様を信じていないから行かない、と断ると、みさきは笑って「真面目すぎ」と言いながら出かける支度をはじめた。わたしに選択権などないのだ。


「お祭りの屋台って、なんだか食べたくなるんだよね」
 みさきは長い髪をふわふわさせながら、左右に体を回して屋台を眺めている。「チーズスティック買ってくるよ」
 わたしは列を離れて、屋台へ向かった。ちょうど前の人が買った直後で、新しいのを揚げている。チーズスティックは三本と五本、小麦粉の薄い皮でチーズを巻いて油で揚げて、カップに入れて渡してくれる。屋台のおばちゃんがにこやかに問いかける。
「何本?」
「三本の」
「300円ね」
 となりの屋台でお菓子を売っていた、小学生に見える子が、おばちゃんに専門用語でなにかを質問する、するとおばちゃんも専門用語で答える。まるで外国に来たみたいだな、と思う。外国には行ったことがない。わたしは300円を払い、チーズスティックが揚がるのを待った。

 背後でみさきの声がする。
「なんか列、動くよ」
 振り向くと、ものすごい速さで列が前に進んでいく。みさきの姿はあっという間に見えなくなった。
「はい、揚がった、何本だっけ?」
「三本です」
「あっはー、忘れてた、五本って言えばいいのに、真面目だねえ」

 わたしはカップに入れられた三本のチーズスティックを持って、進む列を追いかける。みさきの姿はどこにも見えない。耳が冷たい、手の中のカップだけが熱い。
「ありがとう〜、びっくりしたねえ」
 向かい側から、みさきが歩いてくる。列を離れて、わたしを見つけに戻ってきたのだ。
「列」
「いいよ、また並び直せば」
 みさきはわたしの持ったカップに顔を近づけ、チーズスティックを一本パリパリと食べた。
「あっつ!」
「揚げたてだから」
「ありがと」

 長い長い列は進み、賽銭箱が目の前に来る。みさきは財布から五円玉を出してわたしに持たせると「お賽銭を入れたら、二回礼をして、二回拍手ね、それで願い事をして、最後に一礼」と言って賽銭箱へ向かった。

 わたしは言われた通りに儀式をこなすと、目を閉じて神様にみさきのことを大切にしてくれるようにお願いした。わたしはあなたを信じていないし、わたしのことはどうでもいいから、みさきだけは幸せにしてあげてください。
 神様はいないから、返事はないけど、わたしは礼をして、みさきと一緒におみくじのテントへ向かった。

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