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「センソウ」は終わる。

【小説】 

「センソウ」が終わった。シギはヌクリモからのそりと顔を出し、空を見た。

 もう、うるさい鳴き声をあげながら飛ぶ、銀色の鳥はいない。燃える樽も、弾ける種も降ってこない。センソウは終わったのだ。

 村は焼かれ、家もソラニナの畑も全部が炭になった。シギは仲間たちと顔を見合わせて、相談をしたが答えは出なかった。また大昔と同じように、ハダの木を切り、葉をよりあわせ、大きなヌクリモを作って村を蘇らせるしかない。

 シギの祖父が幼い頃には、それはそれは大きな石でできたヌクリモが林のように立ち並び、熱くない炎が夜も明るく空を照らしていたと言うが、その話をしてくれた祖父も、もうこの世にはいない。

 シギたちが今のような生活になる前、そこは異形の者たちが支配する楽園だった。異形の者たちは尖った鼻と爪先をもち、獣のような匂いがした。シギたちにはわからない異世界の言葉で話し、彼らが笑うとシギたちも曖昧に笑った。

 空の彼方から異形の者たちが現れて200年、シギたちの住む村は平和だった。彼らと同じような服を着て、彼らと同じように椅子に座り、彼らと同じような靴を履いていたが、彼らとシギたちには決定的な違いがあった。

 シギたちには、なにも決める権利がない。全ては異形のものたちが決めて、シギたちはそれに従った。シギの叔父は「俺たちは奴隷だ、センソウに負けたからな」とグブの杯をあおり、酔って座った目で言った。

 彼らが現れたとき、はじめに奪われたのは服だった。シギたちはゆったりとしたセブ虫のサナギや、ムリクサの繊維を使った織物を着ていたが、それは異形の者たちにとってはとても高価なものだったらしく、全て奪われた。セブ虫もムリクサも、シギたちは使うことも持つことも禁じられた。

「ムリクサを焚いて、爺さんたちはいつもゲンゲと遊んだ。ゲンゲを知らないか、森に住むフラクラみたいなものだ」

「怖いやつなのか。フラクラみたいに人を襲うのか」

「違う、ゲンゲは人を救う。俺たちの住む村を作ったのもゲンゲだ。村の外にも、どこにでもゲンゲはいた。今はもう見えない」

「死んだのか」

 叔父は瓶に残ったグブのカスを囲炉裏に落として、言った。

「いまでもそこら中にいる、俺たちがゲンゲを感じることができなくなった。こんな窮屈な服を着ていて、ゲンゲたちの気配を感じられるわけがない。それなのに俺たちは、この生活をやめられない。異形の者たちがくれる便利な道具が手放せないんだ。もう俺たちには、このグブの瓶一つ作れやしない」

 そうしていつも叔父は泣き出し、眠るのだ。

 シギも一度だけ、自分が奴隷だと感じたことがある。村にやってきた異形の者の中には、シギたちにえらく優しい者もいた。頭から長い枝を生やした細長い異形の者は、シギたちを集めて、異形の者が使う文字を教えた。

「みなさんは、失った物を取り戻すケンリがあります。ブンダンされ、奪われたのは物だけではありません。みなさんは私たちのブンカを学び、ゲンゴを学び、そして私たちのコッカの仕組みを学び、役立てることができるのです」

 異形の者は流暢にシギたちの言葉を操った。話している言葉のいくつかは、叔父が使っていたことがあるような気もするが、難しくてよくわからない言葉だった。ただ、その話を聞いていると、村の外にも村があり、さらにその遠くには村よりも大きな村があるということがわかった。

 そして、シギはすぐに気づいた。きっと自分は、そこに行けないだろうと。

 かつて大きなセンソウがあり、シギたちの村は何度も巻きぞえで燃やされた。村の長や、異形の者たちが何を話しているのかも、シギたちは知らなかった。大きなセンソウは三度あり、二度目でシギたちの村はひどい目に遭い、センソウはやめることにした。三度目は異形の者たち同士が戦い、巻きぞえになった。シギは叔父からその話を聞くたびに、一度目のセンソウを始める前に、止めることができたはずだと思っていた。ある日、思い切ってそれを言うと、叔父は笑って「誰だってそう思う。俺も思った。だが、誰もそれが『一度目』だとは思わないんだ、そして始める時は勝つような気がするから応援する。そしていつでも俺たちは負けたあとで「あれは巻きぞえだった」と思ってあきらめるんだよ」

 そして、今度のセンソウでは、シギたちの村よりも広いもっと広い村のさらに遠い外から敵がやってきて、異形の者たちはセンソウに負けて、みんな殺された。

 あの優しい枝の長い異形の者も、死んだ。

 シギは見た。川の近くに墜ちた、銀色の鳥から這い出してくる、武装した異形の者を。

 体躯はシギたちの倍はある。いつもシギたちを子供扱いしていた異形の者も、焼け焦げて青白い体液を流していると、弱そうに見えた。

 エラから体液を吹き出しながら、異形の者が助けを求めていた。いつもは威勢よく開いて尖った先端を光らせてるトゲも、みな折れている。シギたちにはない、肩の羽も、よく動く枝も、萎れて見る影もない。

 不意にシギの中に怒りの感情が湧いた。自分たちの二本の腕と、二本の足、暗闇ではよく見えない目。空も飛べず、三つ以上のことを同時に考えられない愚かな頭。間違いをよく犯し、知ることをよしとせず、黙ってニヤニヤ笑うことしかできない村の人々が、シギは好きだった。運よくヌクリモに隠れることができたシギと仲間たち以外の村人は、みんな炭になった。

 シギは河原の大きな石を両手で掴むと、異形の者に近づいた。とにかく今のこの感情をどうにかして止めたかった。誰を憎み、何に怒り、いつからこんなことになってしまったのか、シギには何もわからなかったのだ。

 シギは大きな石を振り下ろすために、思い切り頭の上に掲げた。

 異形の者は、小さな箱をシギに向けて、指を動かした。


 ここで、シギの世界は二つに分裂した。


 一方のシギは、石を胸元に抱えなおし、そのまましゃがんで足元に置いた。

「なんでだ、なんで我らは何もしなかった、何ができた、どうすれば止められた、なんでだ、なんでだ」

 シギの両目から、涙が溢れ出て止まらなかった。倒れている異形の者を助けに仲間たちが来て、シギを優しく暖かい袋に入れると彼らの居場所へと運んだ。

 なめらかな袋の内側で傷が癒やされるのを感じながら、シギは彼らの言葉を知り、学び、生き延びたいと強く思った。自分の頭に浮かんだ疑問をどうにかして解決するために、考える力を得たいと思った。

 彼らが何を考え、どうしてセンソウをするのか。どうすればセンソウを止められるのか。シギは小さな自分の手と足で、できる限りのことをしようと決めた。


 もう一方の世界で、シギは大きな石を振り下ろして異形の者の頭を叩き潰した。甲が割れ、中身が飛び散り、異形の者は動かなくなった。

 シギは吠えた。怒りと悲しみが体中に満ちて、気分は何も良くならなかった。

 小さな、繊維の荒い布を裂くような音がして、シギの胸に小さな穴が空いた。その穴は背中まで抜けていて、息をするたびにぴゅうぴゅうと赤い血が流れ出した。

 叔父の言葉が頭をよぎった。これが一度目だ、お前は一度目を止められない。

 シギは砂利の上に倒れた。ぼやけていく視界の向こうで、墜落した仲間を助けに来た異形の者たちが近づいてくる。異形の者はシギたちの言葉で「ゲンゲの恵みを」と言うと、シギの顔を覗き込んだ。

 緑色で、甲虫の背のような、どこを見ているのかわからない目が、どんな感情を表しているのかを、シギには理解も納得もできなかった。

 ただ、思っていた通り、シギはどこにも行けなかった。村の外の村も、そのもっと遠くの村にも、どこにも行けなかった。

 ハダの木が風にそよぎ、葉を鳴らしていた。やがてゲンゲがシギの体を包み、祝福を与え、地に戻すのだが、一方の世界のシギには、それを感じることはできなかった。

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