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人生のバトンタッチ


  清洲城を望む公園では、聖火リレーのランナーが持つトーチが、TOKYO2020の匂いをのせて、サクラ・ゴールド色に輝いていました。遠くアテネから運ばれた聖火の炎は着実に燃え続け、しっかりとバトンタッチされていきました。

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 思えばこの清洲城において、本能寺の変で討ち死にした織田信長の後継者を誰に引き継ぐかを決めるために、柴田勝家、豊臣秀吉、徳川家康等の織田家の重臣によって清洲会議が開かれました。主君亡き後の領地や取り分も話し合われました。ここで実質的には、信長から秀吉への天下統一のバトンの受け渡しが行われたのです。

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 満開だった桜が、油まじ(四月に吹く南寄りの暖かい風)に散って飛んでいく桜の花びらを眺めると、高校を卒業して東京の大学に行くために、生まれ育った家を桜の花びらのように飛び立ったことを思い出しました。とにかく小さな世界から抜け出して、広い世界に飛び出したかった。親しんだ生活も友人も家族でさえも、全てを手放したいと思っていました。誰にも相談せずに親からの資金援助も断ち、働きながら学ぶことを選びました。誰にも邪魔されたくないという強い気持ちだけが、自分の心を燃やしていました。父は、止める事も何か教訓を伝える事もなく、黙って見送ってくれました。自分が親になってはじめて、父にした親不孝な仕打ちを理解しました。

 認知症を患う父を乗せた車椅子を押しながら、父にその時の気持ちを聞いてみました。「そんな昔の事はもう忘れたよ。」と、一言。

最近の事は忘れても、昔の事はよく覚えている父のことなので、「理解していたよ。」と言いたかったのかもしれません。長い月日を経てもなお、親は親、子は子なのだ。

 私は、受け渡される聖火リレーを見ながら人生のバトンタッチを思いました。私が父から引き継いだものは何だったのだろう。いつまで自分が聖火を持って走り続けるのだろうか。そして息子たちに何をバトンタッチし、何を遺せば良いのだろうと考え続けていました。

 飛び立った桜の花びらは、それでも名残惜しむように城の堀となっている五条川の川面に集まっては、花筏(はないかだ)を作ってくれました。そして多くの別れと出会いを桜色で演出してもなお、来年もまた咲きますと、伝えてくれたのでした。

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