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クリスマスに熊本県をめぐる旅

2023年12月24日(日)~12月27日(水)
航空機
小牧――熊本
12月24日(日)FDA321便 7:10~ 8:40
12月27日(水)FDA326便 14:30~15:50 
レンタカー スカイレンタカー 
旅行日程
12月24日(日)
阿蘇・熊本 
三井ガーデンホテル熊本  
夕食 えびすや(居酒屋)
12月25日(月)人吉 買い物(緑屋)・天草
海のやすらぎ ホテル竜宮  
12月26日(火)天草・熊本
ホテル オークス 熊本  
夕食 赤組(ラーメン他) 
12月27日(水)  熊本から帰宅

熊本県の各所をめぐり考えたこと

1日目
阿蘇の祈り
宗教は苦しむ人々が何かに救いの手を求めた時生まれる。その何かは神性を持っていなければならない。そして,日本ではどんな事物も「神」になれる。阿蘇の山々はその存在に神性が感じられる。今も続く地下のマグマの活動で隆起した山々。人々がふと見上げるとそこにある山々。冬には枯草の茶色と山肌の茶色が重なり合い,さらに雪化粧もする山々。車を走らせるといずれかの方向にその姿が目に入る。人々を見守っているようだ。阿蘇の山々を見上げて,心が安らぐ感覚,何かうれしくなる感覚が確かにある。

阿蘇山

上色見熊野座神社
前々日までの雪に注意せよという警告を見ながら車を進める。しかし,雪は積もってはいない。山々の姿の変化を追いながら神社へ。200段以上の石段を上る。途中は,鬱蒼とした木々に陽光が遮られて薄暗く,気温も低い。石段の両側には多数の灯篭が並ぶ。石段は,地震の爪痕なのかは定かではないが,いびつで歩きにくい。2つの鳥居をくぐって拝殿にたどり着く。その先には神が宿る巨石が見えている。道はさらにどこかへ続き,神秘の世界が広がる。たどり着けない場所。この「救いの場」の石段の途中に清潔なトイレがある。さらに,駐車場には観光バスが3台停まっており,多数の中国人が陽気な声で,石段を登ってくる。その場の荘厳な印象は消え,そこは地域の活性化を担うアトラクションになってしまう。宗教は地域で異なり,信じるものも異なる。その差異が観光地を作り出す。「救いの場」は,インバウンドによる地域経済の向上を支えている。しかし,その場所は救われることはない。

上色見熊野座神社

阿蘇神社
12月になって熊本地震で倒壊した楼門が再興したというニュースを聞く。楼門は復活し,その下で赤ちゃんを抱く母親とその家族が写真を撮っている。観光客も楼門にスマートフォンを向ける。境内の拝殿も新築のようだ。変わらないのは,拝殿に向かい左の方に見える阿蘇の山だ。雪を抱き,厳かにこちらを見ている。町の中にあるこの場所は,庶民と共にある。楼門のニュースでは,町の人が,「楼門は自分たちの心だ。」と強く語っていた。宗教は人々の心の拠り所となり,節目ごとの儀式の場になる。信心があってもなくても,人生とか生活には何らかの手順や様式が必要で,それは「神」が決めているのかもしれない。

阿蘇神社

昼食~「馬方そば」
ネット情報では,注文したそばの前に品数が半端ない「前菜」が450円でつく,というクチコミを見る。実際に行ってみたくなる。
店内は,喫茶店の雰囲気で,ハワイやアメリカを意識している。元は喫茶店だったらしい。忙し気な店員,鷹揚な店主。一人鍋に火を入れてから長く待って天丼がやってくる。そして,スープカレー・茶碗蒸が前方にあるトレーが続く。トレーの後方にはアフタヌーンティーのように立体的に小皿がのる。さらに,トレーの隙間も小皿が並ぶ。「前菜」の驚くほどの品数に呆然とする。必死に食べる。食べる。最後にそば。多量のそば。信じられない昼食になる。懸命に食べたが,割と普通の食材である。もう少し小皿は精選できるだろう。いれたての喫茶店コーヒーはセルフサービス。悪くはないがたくさんは飲めない。お腹いっぱいだ。
なぜ店名が「馬方」なのだろう。「馬方」は「馬食する人」のことかもしれない。混み合った店は,満腹の人で満員御礼だ。

馬方そば

熊本の街~クリスマスイブ
12月24日(日曜日)の夜は,街は若者で溢れる。アーケードは電飾が煌めき,若者は歓声を上げ,街を練り歩く。クリスマスのプレゼントやケーキを求め,酒場を求めて歩く。辛島公園のクリスマスマーケットには若者向けのショップが並び,装飾品が多数販売される。ステージには,クリスマスを祝う歌声がある。
キリスト教のことは知らない。聖書は何度トライしても最後まで読むことができない。絶対神キリストに許される文化が理解できない。「神」を持つことができない。それでも,ここにはクリスマスがある。みんなその煌めきを楽しんでいる。みんなクリスマスケーキを食べる。
世の中のクリスマスの「空騒ぎ」とは無縁の,居酒屋に入る。昭和ロマンをテーマにした居酒屋。懐かしい歌謡曲が流れ,古い日本映画の宣伝ポスターが貼ってある。なつかし酒場「えびすや」。昭和時代にはなかったネットで予約をとる。ネット予約が無効となるが,それを有効にしてくれる「昭和」の心はなかった。昭和の薬品会社の看板と令和の茶髪の接客女性にひどい矛盾を感じる。時代は流れていく。当たり前だが,昭和ではないのだ。スマートフォンを熟知して間違いをしないように生き抜く時代である。
熊本ホテル(その1)
辛島公園近くの三井ガーデンホテルもまた,ロビーがクリスマスムードであった。クリスマスツリーが輝き,くまモンがサンタクロースになって「クリスマスだよ」と教えてくれる。ホテルクラークは丁重で,最敬礼で客にあいさつする。
9階の部屋の窓から「朝日生命」のビルが見える。清潔なツインルーム。ベッドが整えられ,ソファーの椅子に座ってのんびりできる。昭和と令和の入り混じる居酒屋で酔えなかったから,セブンイレブンで買った500ミリリットルのハイボールを飲んでみる。クリスマスイブの下通りにあったSWISSで買ったケーキを食べてみる。飲んで食べていると,いやな気分は消えていく。仕方ないよな,とつぶやいて,明日のことを考えている。合理性の令和。対して理不尽とハラスメントと人情の昭和。昭和世代は切り替えないとやっていけない。

熊本のビル

2日目
人吉市内
太平燕,ホルモン煮込みなどの熊本名物とクリスマスケーキ等々,バラエティーな朝食で満腹になった後,人吉へと向かう。途中の八代からはトンネルばかりの高速道路を走る。九州山地の内部を突き抜けていく。高速を降りて人吉の町へ。緑屋はその中心にある。JTBのクーポンを醤油と味噌汁に替えてからお土産も買う。くまモンの旅行援助1000円も使う。ここでは,スマートフォンを通して正しい買い物ができた。若い店員に助けられて。
その後,地元スーパーに入る。焼酎を物色し,そばとともに購入。のんびり高齢者が買い物する場所である。彼らは駐車場のインとアウトを守らない。
青井阿蘇神社
古い神社。藁ぶき屋根の拝殿を持つ。隣には古い幼稚園。親子が神社の前でくつろいでいる。鳥居の前には弓型の紅い橋が架かり,その下には川が流れる。2台の車が安全祈願を受けている。レンタカーは不法にその横に停まっている。巫女が姿を消してからこっそりレンタカーも姿を消す。

青井阿蘇神社

人吉城跡
周りの石垣は崩れて工事中。令和2年7月の水害の影響である。すぐ横の球磨川はその日静かに流れていた。ところどころ修復中の石垣の中に広い何もない緑の空間が広がる。片隅に家臣の屋敷の地下室が残る。水が溜まっている。家臣は誰かを拷問にかけていたのかもしれない。石垣の向こうが,城跡である。西南戦争で西郷隆盛が戦った場所である。歴史館は閉館している。ガイドブックの写真とは全く違う風景しか見えない。城跡はもうすぐきちんと見られるらしい。

工事中の石垣

上天草市
再び高速に乗って北へ向かう。サービスエリアでソーセージをはさんだ塩パンをかじりさらに北へ。松橋(まつばえ)で高速を降り,ループ橋を越えてから島々をつなぐ五つの橋(天草五橋)の上を一つ二つとレンタカーは進む。美しい海が見える。途中には天草四郎ミュージアムがある。信仰の地,隠れキリシタンの街へ入っていく。美しい海の町の黒歴史。天草五橋の最後は明日通ることになるが,その手前の前島が目的地である。

道の駅のタコ

熊本ホテル(その2)
ホテル竜宮の玄関でお出迎えを受ける。昔の旅館のようだ。チェックインして部屋に通される。鍵は普通の鍵。中は薄暗い。客室係の男性はおもむろに窓を開ける。海と小島の絶景が広がっている。なかなかの演出だ。部屋はとても広くて,ツインルームに海を眺める居間が付いている。海と小島を眺めるための低いソファーに座ってぼんやりして,大浴場へ向かう。インフィニティバスにつかる。水面と海面が一体となる露天風呂だ。初めての体験で心が躍る。すでに心は再訪を求める。
食事は海鮮。巨大なゆでだこが真ん中にあり,海鮮のサラダが上品に手前にある。その後,大きなアワビのステーキや牡蠣の茶碗蒸しなど,新鮮な海産物の料理が続き,生ビールとスパークリングワインが,素敵な夕食を構築する。外は真っ暗だが,料理とグラスは輝いている。

ホテルの部屋から見た風景
煮蛸

3日目
崎津の祈り~隠れキリシタン
割と普通のバイキングの朝食を終え,崎津教会へ向かう。途中でイソップ製菓に立ち寄り,くまモンの1,000円クーポンを使う。カステラに赤い求肥を巻いたものが,天草名物。
崎津集落。世界遺産の町。駐車場の前に「杉ようかん」の店がある。(売り切れで食べられず。車を降りたら最初に買うべきである。)資料館(みなと屋という古い旅館)で崎津の歴史を説明してもらう。隠れキリシタンは鮑の貝殻の内側に聖母マリアとキリストを見た。コインを十字に並べて祈った。柱に神を隠した。祈るためのコインを創った。人はなぜそこまでして,キリストを崇拝したのか。言葉が異なる宣教師からどのようにしてキリスト教が伝えられたか。理解可能な聖書は存在したのか。様々疑問が湧いてくる。
崎津教会と崎津諏訪神社。キリスト教と仏教(神教)。崎津では宗教が共存している。しかし,そこでは踏み絵という弾圧が同時に存在していた。複雑な宗教の構造である。丘の上の神社から見る教会は不思議な気持ちにさせる。教会には過去の苦しみとは無縁の楽しそうなクリスマスの飾りがあり,海ではマリア様が祈りを捧げている。
次に訪れた大江教会には十字架を背負って倒れるキリストの絵が飾られている。教会の横には十字架を掲げる,日本人の墓がある。墓に刻まれた名前には「マリア」が入っている。真新しい教会は町と海を見下ろしている。町の人々の祈りを見つめていた。

鮑の貝殻

熊本ホテル(その3)
ホテルオークス。オークス通りにある。少し古いホテル。カードキーではなく,ホテル竜宮と同じく,普通の鍵を使う。部屋も少し狭くて古い。窓からオークス通りが見える。人通りがなく,閉店した店も目立つ通りだ。昔そこにあった熊本女学校のクスノキが残されている。途中でライトアップされた熊本城が見える。下通りや上通りから外れ,時代からも取り残されている。ホテルクラークは丁重だった。昔ながらに。アナログ的に。夕刻にホテルの前で結婚式の前撮りをする着飾った若者を見た。定番である。
熊本の街~12月26日(水曜日)
クリスマスマーケットが消え,アーケード街の人の数も少ない。歓声は聞こえない。のんびり人々が歩く。空騒ぎの後の静けさとか落ち着きがある。お正月を待つ気持ちがあるのかもしてない。そんな感情を持てる時代ではないが。
「ラーメン赤組」の店内も,店員も客も,落ち着いて静かにラーメンをすすっている。たまにゆっくり酒を飲む客もいるが,ほとんどの客は食べ終えるとすぐに立ち去っていく。餃子と空揚げとホルモン煮込みを頼み,生ビールを飲む。最後に熊本ラーメンを頼んだ。他の客同様,食べ終えてから静かに店を出た。そして,時代遅れのホテルの部屋でカロリーオフの缶ビールを飲みながらキリスト教について考えた。

ラーメン赤組

最終日
熊本城
ホテルの他に誰もいないレストランで和洋折衷の朝食を摂る。チェックアウトした後,熊本城まで歩く。チケットブースで入場券を買って入場を待つ。中国人の集団の中で待つ。階段をたくさん登り,天守閣の前に至る。圧倒的な天守閣。白黒の美しいコントラストでそびえたっている。
天守閣の中には各階ごとに様々な展示がある。加藤清正の土木技術と街づくり。細川家の統治。西南戦争で西郷隆盛が攻め落とせなかったこと。熊本地震からの復興。最上階からの眺望は,他のビルのそれより高いところにある。前夜に見たくまモンのアートが遠くに見える。
復活した天守閣の美しさとは裏腹に,熊本城内は7年前の地震の傷跡をまだまだ色濃く残している。未だ石垣や家屋が破壊されたままになっている。落下した瓦が積み重ねられている。崩れた石垣の岩が並べられている。観光客が工事中の場所に近づけないシステマチックな動線が形成されている。熊本市民の心の支えはいまだ復興途上にある。
あそ熊本空港
阿蘇,熊本,人吉,天草を巡る旅の最後。空港は真新しい。ショッピングフロアが広い。国際線も就航する。ゆったりと座れる場所もいくつかある。屋上の展望台で日本航空の旅客機と阿蘇の山々を見ることができる。

熊本には人々の「祈り」がある。阿蘇の山々,熊本城,古い拝殿と球磨川,世界遺産となったキリスト教の隠れた祈り。その背後には人々の貧困があり,火山活動や地震や水害といった自然の恐ろしさが存在している。宗教は理解不能だが,その存在価値は少しだけわかる。熊本での思考の根幹である。ふとウクライナやガザの「祈り」の映像が頭に浮かんだ。

崎津集落
クリスマスの教会

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