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◎銀色の河のほとり

 闇を背景に、無限のかなたから世界を真二つに貫いて、一本の大きな河が銀色に輝いて横たわっている。いま、そのほとりに立つのは私のあるじだ。そして私は、車を曳く牛の手綱を取って後ろに控えて立っている。
「彼女は姿を見せるだろうか」
 遠く対岸を見やりながら主人が言った。ご自分では気づいておられぬようだが毎年この日、この河のほとりに立って必ずこの言葉を口にされる。
「来られますとも」
 私は自信を持って答える。いつ、どのように交わされた約束事かは知らないがかつて会えなかったためしはないのだ。
「こっちに来て見てごらん」
 手綱を放して私は水辺に近づいた。にじんだように輝く川面の下深く、主人の指さす先にオレンジ色の光の点が小さくじっと浮かんでいる。
「太陽だ。そしてあの青い小さな点が地球」
 ご主人の清らに澄んだ声がやさしく私の耳元に響く。
「あの惑星に住む人々の空想が我らを生んだのだよ。彼らが私たちのことを語り続ける限り、私たちの存在もある」
 針の先よりも小さな青い点を私はじっと見詰めた。それは一息で吹き消せそうなほど頼り無く「どうぞいつまでも平和な世界でいて下さい」と祈らずにはいられなかった。
 やがて向こう岸にほんのりと赤い光を背に人影が現れた。
「来られましたよ。織姫様です」
 乳白色の銀河の光に照らされて、いつまでも変わらぬ姫の気品に満ちた姿が浮かび上がった。主人は私の横で、にこやかな笑みを浮かべ姫に向かってそっと右手を振っておられる。だが私の目は姫の後ろに、いつものお付きの官女を探しているのだった。届かぬ想いを、年に一度の逢瀬に込めて‥‥。


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