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『山を渡る -三多摩大岳部録-』-あなたのハンデは何か

2019年における一大ムーヴメントといえば『鬼滅の刃』爆発的流行でしょうか。わたしも夏に一気読みしてめちゃくちゃハマりました。面白いよね。
なんだなんだ突然無関係の話題から始まったな? て感じですが、おそらくわたしは事前に鬼滅にハマっていなければ『山を渡る』を手にとっていなかったと思うので、導入の雑談としてその旨記しておきます。
というのもこの『山を渡る』、ハルタで連載されているのをぼんやり眺めておりましたら登場人物たちが次に登る山が雲取山だったものですから……なんと竈門炭治郎および禰豆子の出身地ではありませんか。実際登るとどんな山なんだ!? 気になるぅ~~~! 待って待ってこの漫画どういう話だったっけ!?
と気になったその日のうちに本屋さんへ行って『山を渡る』1巻を買いました。雲取山というワードを知らなければこの行動はなかった……ありがとう鬼滅……そしてハマっているものに僅かでも関連していれば摂取したくなる我がオタク癖(ヘキ)にも乾杯。
当作品は隔月連載で単行本発行は1年に一度というスパンなんですけど、上記経緯で1巻を手にした翌月にちょうど2巻の発売がありまして、その追い打ちのようなタイミングの良さに浅木完全降伏、一気読みによりすっかり好きになりました。
そんなわけで、2巻まで読んで感じたこと・考えたことを書きます。

大まかにストーリーを説明すると、三多摩大学山岳部に入部してきた完全インドア系で登山未経験の女子3人が、ガチ勢の先輩3人と一緒に山の魅力を知っていく……といった大学山岳部漫画です。
新入部員たちと一緒に初心者向けの低い山をえっちらおっちら歩く回と、ガチ勢先輩3人が岩肌にロープを渡しながらハードに垂直クライミングする回とが交互に描かれて、「山登り」の幅広さと奥深さを感じることができます。ものすごくワクワクする。読んだことなければ是非。お勧めです。

さてこの新入部員3人娘が、それぞれタイプは全然違うのにどうあがいても「運動不足の女の子」で、とてもシンパシーが湧く。(わたしは合理主義者でゲーム脳な方言女子イリマーが好きですね! 面白いしシュールだし猫っぽさが可愛い)
彼女たち新入部員は、登山の経験もない、知識もない、体力もない。そして大学入学したての1年生、お金もない! 登山用品が高くて買えない!
このナイナイ尽くしが彼女らの「ハンデ」だ。
体力ゼロだから山道を歩くのはしんどいし、後日筋肉痛に苦しむ。知識不足と装備不足によってプチ遭難したりもする。
でもこのハンデは乗り越えられる。
誰でも、何についてでも、最初は必ず初心者で装備不足だ。何かに新しくチャレンジするとき当然の状態だ。
彼女らのハンデは、先輩たちがカバーしてくれて、そしていつかハンデはなくなる。

この「先輩たちによるカバー」の描かれ方が、この漫画はすごく良い。
たとえば一番最初の体験入部お試しピクニック山行のとき、しんどくて「自分には無理だ」「ついていけない」「引き返すなら今日だ」「登山やりたかったけど」と思いながら俯いてハァハァ息を切らす南部ちゃんに、先輩たちはいろんな角度からフォローをする。
小休憩を取ったり、「一緒に登ろう」と声を掛けたり、「俯かず頭を上げて胸を張れ」とアドバイスしたり。
この「胸を張れ」という発言に対して即座に別の先輩が「ウチは下らない根性論は禁止だ!」と反論するのもすごく良かった。実際には「胸を張れ」は根性論なんかじゃなくて、肺に空気を入れやすくするための、運動の理屈によるアドバイスなんだけど、山登りで苦しい思いをしているときに「根性論は無しだ」と守ってもらえるのって心情的にめちゃ大きいと思う。
わたしこのシーン大好きで、このやり取りを読んでこの漫画にハマったと言っても過言ではない。

それから彼女らの装備不足をカバーするために(貧乏学生の彼女らに出費の負担をかけないために)部室にあるお下がり登山用品を手入れして使うのも良い。
古い雨具や登山靴の手入れについての描写がとても興味深くて、いや本当に道具を大切に描く漫画は良い……
新入部員が知識のなさからハードモード装備をチョイスしてしまっても、「お前がそれを好きなら使え、技術を習得すれば使える」と言ってくれるのも良い。「これが最高なんだよ、これを使え」って先輩が自分の理想を押し付けたりしないの、些細な描写だけど本当に重要なことだと思う。

新入部員たちがそうやってひとつひとつ着実にハンデを解消していく様子が、すごく心地良い。
先輩たちによるフォローシーンで好きなところまだまだいっぱいあるんだけど、挙げてたらきりがないのでこの辺で……新入部員と先輩との関係・やり取りがめちゃ絶妙ですごく好き……登場人物みんな良い人……嫌なキャラいない……

さて、じゃあ一方の先輩たちが抱えるハンデについても考える。
先輩3人は、知識も経験もあるし、他の登山者をして「すごい」と思わしめるだけの技術もある。
でも彼らは……正確には彼らのうち2人は、「俺たちはスタートの時点でハンデを負ってる」と思っている。
彼らの夢は「未踏」、つまり誰もまだ登ったことのない山を自分が一番に登ること。でも現在「未踏の山」なんてもうほとんど残っていないし、残っているものもどんどん登り尽くされていっている。
あとはもう「単独」とか「無酸素」とかそういう縛りプレイで「初」にチャレンジするしかない。
生まれた時代が遅いことは、ハンデになる。そしてこれは絶対に解消できないハンデだ。

そして先輩3人の残り一人、現主将の黒木はまた別のハンデを負っている。
黒木世都子は女性である。
彼女自身は、自分たちがこの時代に生まれて偉大な先達を追うしかないことも自分が女性であることもハンデだとは考えていないし、「ハンデだ」と言うのは言い訳だと思っている。
でも本当にそうなんだろうか。登山において性別は本当にハンデにならないのか?
「女性初の○○」という冠がある。男にとってはすでに誰かが登った山でも、女性にとっては「初」になれる山がある。それを目指して山を登る女性アルピニストは絶対存在する。
そういう彼女らにとっては、自身が女性であることはある種アドバンテージだ。
だけど、「女性初」と言ってもらえるのは、そこに明確な性差別があるからじゃないか。「男に比べてフィジカルの劣る女性としては初めてですね」と、つまり「単独」「無酸素」みたいな不利な条件のひとつとして「性」を捉えている。
これをフラットにすることはできるんだろうか。そして、フラットにすべきなんだろうか。
難しい。

登山における「生まれた時代」や「性別」という解消できないハンデについては、この漫画ではまだチラッと言及されただけだし、今度描かれるのか・どう描かれるのかは分からないけど、でも彼らガチ登山勢の前には常にそびえている山なんだろうなと思う。

ただひとつ、こういうことを考えているとき「あ、好きだな」と思ったのは、先輩3人の中で調理担当は男2人であるという描写。
唯一の女性である黒木は、漫画内では微塵も明言されてはいないけど、たぶん料理下手くそなんですね!?
彼女はよく「私もなんかするー」「今日は私ご飯作るよ~♡」と言うけど、それに対して男2人は常に「米でも見といて」「いいからカエルでも見てろよ」「作らなくていいから!」と即答して自分たちでテキパキと調理するんですよね。
「黒木の料理マズイから」という言葉はまだ一度も出てきていないけど、そういうことなんだろうな!?
「女だから料理しろ」という概念をあっさり砕くこの設定は、オモシロ描写でありながら「山では男も女も関係なく、それをできる者がやる」という登山の基本姿勢を見せてくれる。すごく良い。
(あとねえ……登山用品店のコワモテ店員さんが、恐らくトランスジェンダーであろう描写をされてるんだよね……ここは突っ込んで良いかどうかがデリケートだからこれ以上言わないけど、でも「性別を超越する」をこんなにいろんな方法で描いてあるの、なんか良い……!)

そういうわけで『山を渡る -三多摩大岳部録-』、とても良い山漫画です。
ちなみにわたしの推しキャラはボルダー出身でロープワーク綺麗な草場さんです! 2巻の鎖場での「気にしない」がイケメンすぎてひっくり返った。ウワ~~~好きッ! ここでさっとロープを出してくれた草場さんが、その次のガチ登攀時に「ロープワークがきれい」であると明かされるの、あ~漫画におけるキャラの描き方・描かなさの加減が巧いな~ッと感じます。

これからの連載で雲取山登山がどう描かれるのかめちゃくちゃ楽しみ。



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