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『マイ・ブロークン・マリコ』-猛スピードで失い続ける弔いの旅

買わなければとこんなに強く思った本はそうそう無い……
まだ1月が半分過ぎただけなのに、すでにわたしの2020年ベスト漫画が決まっちゃったような貫禄。残りの11か月、この作品は2020年ベスト漫画ランキングの門番であり続ける予感が濃厚にある。
Twitterで1話目だけ読んで「なにこれヤバッ……これ絶対本になるわ……」と思って(正解~!)、これはどうしてもまとめて本の形で読みたくて、それ以降読んでいませんでした。
だからわたしは2話目から初見だった。
最高の読書でした。
単行本として発売されてすぐ買ってすぐ読んで、でも何も言葉にできずに1週間経ってしまった。
何を……なにを言えば良いんだろう……言語化……言語化できない……
でも何か記録したいと思うので今から絞り出します。

この作品の公式あらすじ、「柄の悪いOLのシイノは、彼女の死を知りある行動を決意した」なんですよね。
いや本当にガラ悪いなシイノ! 柄の悪さが想像以上だッ……! 最高!
この彼女の柄の悪さが、ストーリーを軽やかに疾走させているんですよね。彼女はべちゃべちゃに泣くし鼻水垂らすし各所でずぶ濡れにもなるんだけど、それでも湿っぽくない。物語はどこかカラッとした空気でできている。
だからナリタ商店のマキオくんも、シイノに「大丈夫に見えますよ」って言うんだろうな。2回も。

ギャグの差し挟まれ方がすごく良いんだよな~、ギャグというか緩急というか……
指が切れそうなほどきつく張られた物語の糸が、たまに突然ふっと緩んで「あは……」って笑っちゃう瞬間がある。そしてそのポッカリできた空白に、またブワッて感情が押し寄せてくる。
海の波みたいに。

この旅の中でシイノは物理的にどんどん「失っていく」。
まずパンプスを。
そして荷物と手紙を。
最後に骨壺と遺骨を。
ものすごく勢いよく、破壊的に、次々と。
そうやって失い続けて自分の身体ひとつになって海辺に打ち上げられて、それで現世に戻ってくる……というのが、すごい。失ったものをあっけなく取り戻していくのも鮮やかだよね。荷物と手紙とパンプス。ただマリコの遺骨(つまり物理的な「マリコ」という存在)だけを失って、そうやって日常に戻ってくるんだな。

ところでマリコの手紙っていうこのアイテム、懐かしさがすごくてめちゃクリティカルヒットする。「ちゃん」を「©」で書いたり、「シイちゃんへ」の「へ」に縦線2本入ってたり、猫のイラストの胴体がイモムシっぽかったり、ウ、ウワ~~~ッ 分かるッ!
そういう手紙からも滲み出てるけど、シイノの柄の悪さに対比されたマリコのこの「良い子」感が、なんとも言えない。
回想で描かれている学生時代のマリコは、制服のスカートも靴下もきっと規定の長さ、きちんとリボンをして、シューズも綺麗に履いている。
踵を潰して靴を履いてスカートの下にジャージ着ちゃったり常にタバコを吸って消臭剤を持ち歩いてるシイノとの、じんわりした「差」がある。
マリコは、こんな家庭に生まれなければ、シイノと仲良くなることはなかったんじゃないかという感じさえある。シイノのあの不良少女っぷり、こんなん普通の女の子は近寄れないでしょ。
そしてそれはマリコも同じ。あんなに露骨に「殴られている」女の子。バレバレじゃん。外から見えない場所に攻撃する虐待も反吐が出るけど、そういうことすら構わずガンガン子供の顔を殴るというのも本当どうかしている。そのせいでマリコは、自分の日常で「普通の女の子」を繕うことさえ許されなかった。
そんなマリコに近付けるのは、親に殴られてる女の子の家のドアばんばん叩いて「ポリ公呼ぶぞコラァ!」って怒鳴れるような「柄の悪い子」じゃないと無理だったよね。

シイノが「あんたはどうだったか知らないけどね あたしには正直あんたしかいなかった」っていうの、衝撃だった。
彼女の家族については何も言及されてないんだよね。中学生のときからタバコを吸ってる女の子の家がどんなものなのか、わたしたちは想像するしかない。「家出てえなー」という子供のシイノの言葉が、どれくらいの本気度なのかは全然わからない。
でもタバコだってただじゃない(というかむしろ高い)、それをいつも吸っている。初めてのバイト代を、靴を買うのに使える。シイノはそういう女の子だったじゃん。「ただの」柄のめちゃ悪い女の子だったじゃん。
でもそんなにマリコに囚われてたんだね。
それをマリコ本人は知ってたのかな?

マリコの自殺の理由は、(正しいかは分からないけど)なんとなく分かるような気がする。
シイノは不良少女で柄が悪くて家を出たがっていてマリコの隣にいられるだけの強さを持った人間だった。マリコにとってシイノは「世界に馴染めない仲間」だっただろうし、そして「世界から自分を守ってくれる仲間」だった。
でも、それと同時に、シイノはちゃんと「社会との繋がり」を作って生きていける側の人間でもあると、マリコは思っていたんじゃないかな……
その発露が「彼氏なんか作ったら死んでやる」という脅し。
シイちゃんはいつか「世界に馴染めない同盟」を破棄して私をここに置き去りにして行ってしまう……という不安・恐怖がマリコにはあって、だからカッターナイフを手首にかざしてシイノを脅して引き留めなければ立っていられなかったんじゃないか……
そしてシイノは本当に恋人なんか作らなかったんだと思うけど、でもなんだかんだ言って彼女は大人になって社会人になって社会の歯車の中に収まったように見えて、マリコはああやっぱり私は置いていかれたなと感じる瞬間が増えたはず。
だからついに今回、「シイちゃんに置いていかれるなら死ぬ」という思い(もしかしたらそれに加えて、シイノに対する罪悪感というか……シイちゃんを自分から解放しよう、こんな壊れた自分を守り続けてるからシイちゃんは彼氏も作らないんだ、みたいな思い)が閾値を超えて、マリコを死に至らしめたんじゃないだろうか……

1回目の通読時、全編あまりのテンポの良さに「読者としてのわたし」はほとんど無で、ひたすらグワーッと読んでしまったんだけど、一か所だけどうしようもなく感情が揺さぶられて手が止まって涙が出たシーンがあって、135ページの各年代のマリコの「たすけてシイちゃん」です。
マリコは生きてるうちに「助けてよぅ」とシイノに縋ったことがあるんだろうか。

最後のマリコの手紙に何て書いてあったのかは想像を巡らせるしかないんだけど、わたしが最初に読み終わったときに思ったのは「ああきっと『シィちゃん、大好きです』って書いてある……」でした。
花火できなかったときの手紙と同じように。
この最後の手紙を見せない、ただシイノが「…うん」と漏らす、そこにある無限の余韻がすごい。
これから何度も何度も読み直して、そのたびに違う「最後の手紙」を感じるんだろうなと思う。



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