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『煙と蜜』-少女の恋に大人の男はどのような愛を返すか

月刊誌ハルタで連載中、先日待望の単行本第1巻も発売された『煙と蜜』についてしゃべります。
大正五年の名古屋を舞台に、許婚同士である12歳の姫子さんと30歳の文治さまの交流が美しく細やかに描かれる、めちゃくちゃ最高の漫画なのでみんな買って読んでください。ダイマです。
ちなみにわたしはハルタで読んでる時点でものすごくハマって感想文を書くなどしておりましたので、こちらのふせったーを読んでいただければそれが概ねわたしの言いたいことです!!!(怠惰をするな)
(ちょうどピッタリ1巻収録分の八話までについて書いているので単行本派のみんなも安心です!)

さて、ではこれ以上何について書くつもりかというと、すみません、実はこのnoteはある種のカウンターレビューというか、反論文として書き始めたものです。
単行本が出たことによって認知度が上がって、色々な反応が増えましたね。喜ばしい……
そしてわたしはその中に、「軍人とか大正時代とか気になるポイントはあるけど、でも未成年を大人の恋愛対象にしてるのちょっとアレだよな~(だから手を出すのは保留)」という言葉を見てしまった。
まッ……待って……違うんです……そういうアレじゃないから……!!!
というわけで以下「そういうアレじゃない」について申し述べようと思います!

確かに30歳男×12歳少女というと批難される系恋愛ですね。
……それが本当に「恋愛」ならば。それが劣情を含んでいるのならば。
基本的にこの漫画は「姫子さん目線で文治さまにドキドキする」というスタイルで物語が進むんですよね。
姫子さんの考えていることが主体に描写されていて……すでに読まれた方お気付きでしょうか、1巻時点では文治さまの思考の描写ってほとんどない。せいぜい颱風の夜の独白くらい? 文治さま日常回の第六話でさえ、ストーリー構成は「この人誰?」→種明かし~! というつくりになってるし。
姫子さんの文治さまに対する感情が「恋」なのは明白ですが、ではそれに対して「文治さまが姫子さんをどのように思っているのか?」、恐らくこれがこの漫画のキーポイントです。正確には「裏キーポイント」かな? 表は姫子さんの想いの描写、そしてその裏で文治さまの感情が間接表現で描かれていくんじゃないかな……
現時点では、文治さまのこれは「恋」ではない。(すみません、この断定には単行本未収録である九話~十二話までの描写も判断材料として含めています)
では何かというと、これは「愛」です。庇護愛、保護愛、まぁ何でも良いですが、つまり現在の文治さまが姫子さんに対して抱く感情は、「大人が子供に対して向ける良い感情」でしかないんです。
文治さまは姫子さんにまだほとんど「女」を見ていません。「子供だから」、守り、宥め、甘やかし、教え導く。
その点、「恋」をしている姫子さんの方がよほど「許婚だから」という心を理解しているようにも見えます。
それは八話の香水回で顕著ですね。
文治さまは、姫子さんが香水を付けて「これで大人になったかな」と言う、その「子供の背伸び」を微笑ましく思って「どれどれ」と嗅いでみています。
けれど一方の姫子さんが文治さまの匂いを嗅いでみたい理由は「自分たちは許婚だから」なんですよね。自分たちの相性はどうだろうかという、「二人の関係性」について考えることができている。
文治さまはまだ「姫子さんがどう思うか/どうしてほしいか」しか考えていません。「大人と子供」なので。正しいッ!
つまり「未成年を恋愛対象にする大人の男」は存在していないんですよね今はまだ……!

1巻の帯の文言、ご覧になりましたか?
「戀から愛へ。子供から大人へ。」です。素敵ね……
つまりこれは姫子さん目線。大人の男の人にドキドキしている今の「恋」が、子供から大人へ成長することで夫への「愛」に変化するんですね。
それでね、文治さま目線で言うとこれが逆になるんじゃないかな~と思うわけなんですよね……
今、子供に対する「愛」であるものが、姫子さんの成長に合わせていつか「恋」になるのでは……それが、上でも申しあげた「この漫画の裏キーポイント」として描かれるのではないかと……そう思っているわけなんですよわたしは……!

ところで八話は文治さまの「照れシーン」が圧巻ですよね。姫子さんが「私たちは許婚ですから」と言った次のコマです。匂いを嗅ぎたいと言われた直後はただの「困惑」というか「エッ……止めた方が良いですよ……」みたいな感じなのに、姫子さんに許婚というワードを出されてようやく「あっそうか……? そういう……!?」みたいな照れを見せるの、この30歳軍人(しかも少佐)に微笑ましさを覚える。普段は完全に保護者の気分でしかないから不意を突かれてビックリしちゃってるんじゃん~!
ちなみにこういう文治さまの照れシーン、十話(※2020/7/16追記:単行本2巻では話数の順番入れ替えがありまして、ここでいう「十話」とは単行本における「九話 三年と帳面」のことです)にもあるんですよね……それも許婚であることを意識させるような言動を姫子さんが取ったことに誘発されてるんですよね……! 早く単行本に収録されてくれ~~~ッ! 気になる人はハルタvol.68を買ってくれ~!
(余談ですがハルタって漫画雑誌っぽいけど実は「雑誌」じゃなくて「コミックス」扱い書籍なので、バックナンバーがとても入手しやすいです! 1巻の続きの九話から読みたければvol.67以降を買ってください)

最近は創作物に関しても、倫理観重視・コンプライアンスを掲げろ・令和攻め仕草、みたいな勢力が増していてとても良い風潮だと思います。素晴らしい。
ただ、その風潮に乗って適正なものまで殴るようなことはしたくない、しないでほしいとも思います。
たとえば「男の子が女の子の着替えを覗く描写がある(窃視行為がある)からこの漫画は駄目」という雑な判定を下してはいないか。たとえ窃視行為の描写があろうと、漫画内でその窃視行為がきちんと悪として描かれているのならば、その漫画の倫理は正しく守られています。
「創作」は、雑な括りでその題材や描写の善悪を判定したりできないものだと、その判定には十分な検証が必要なものだと、心しておきたい。わたしも迂闊に「これは良い/悪い」を言ってしまいがちなのでこれは自らへの戒めです。

そういうわけで(どういうわけ?)、「許婚の30歳×12歳」がこれ以上なく適切に描かれている最高の漫画『煙と蜜』をどうぞよろしくお願いいたします。


最後に、ふせったー感想の方に書き忘れたな~って常々思っていたことを書き足しておきます!
漫画ですので、内容だけでなく「外見」・ハード面の魅力についても書くべきでした!
絵が本当に綺麗なんですよ。線が美しい。描き込まれた日本家屋がさりげない奥行きを持っている。作中の季節は秋ですが、その「秋の空気」が感じられる。そしてファッションの描かれ方が素晴らしい!
姫子さんは裕福な家のお嬢様なので毎話必ず違うお着物をお召しになっていて、そのどれも柄がすごく可愛いです。ものすごい未来の話をしますが、この物語が完結した暁には姫子さんのお着物一覧が収録されたファンブック的なものを出していただきたいですね。
そして一方の文治さまは帝国陸軍の将校さんでいらっしゃるのでいつも軍服を着てるんですけど、当然格好良いですね。作中で彼が「軍服を着る」シーンがあり、袖ボタンを留めるところから軍帽を被るまでが4ページにわたって描かれていまして、いやこれはフェチズム……となる。
とにかくこの画面の密度には、『乙嫁語り』系に通じるパワー、描き出す世界の濃度で読者の認識力を殴る強さがあります。
めちゃくちゃ推せる。
みんなで読もう。

第2巻は恐らくほぼ1年後になると思われますので、ハルタ本誌派になることもお勧めしておきますね!
『乙嫁語り』や『ダンジョン飯』、『ハクメイとミコチ』など錚々たる顔ぶれを抱える月刊誌ハルタ。年10回刊行(1月と9月は休刊)で、定価税別680円です。
月にたった748円で、これら有名作品の最新話を大きな紙面で読めるんです! 付録も毎回めちゃくちゃ充実!
ちなみに2月発売の次号には、森薫による読み切りメイド短編が載るぞ! なんと悪魔っ子メイドと褐色美女ご主人さまだ! なるほど森先生、メイド描きたい発作を発症したらしいな! ありがとうございますッ!
読み切り短編っていつ単行本になるか分かりませんから、ぜひ掲載雑誌でお手元にお迎えいただきたいと思いますッ!
そんなこんなで最高級品質の雑誌ハルタも併せてよろしくお願いいたします。
ダイマです!!!!!


2020/6/10追記
第二集、来月の7月15日に出ますね!
予想よりずっと早かったね! ヤッター!



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