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『ベルリンうわの空』-実在と空想が融合する街

ドイツが、そしてベルリンが好きなので、この本を買うのはもはや我が定めであった。
そして読んでみたら最高に良かった。
この不思議な街の描写を、ただの文章、文字で捉えることができるか分からないけどチャレンジしてみます。

まず最初に、「ドイツ賛美本だったらどうしよ」という不安があったことを懺悔しておこうと思います。
わたしは海外に住む人による「ここはこんなところがとても良いよ」「考え方やシステムがこんなに進んでるよ」という手放しの賛美(そして「だから日本ももっとこうしろ」につながるような表現)があんまり好きじゃないので……
帯の文句も「ここ……もしかしたら最高の街なんじゃない?」だったし……
ドイツという国のことは好きだけど、ただ全肯定して気持ち良くなるのも違うと思っているので……
いや、もちろん好きなものを褒められるのは嬉しいんだけど……むむむ……

でも、そんな懸念は不要でした。
この本は、なんて言えば良いか分からないけど(早速チャレンジ失敗してる……)、良いも悪いも特になく、淡々と事実を描いてあるだけのような印象があります。
短絡的に結論を出そうとしていないというか……問題提起だけがふんわり漂っているというか……投げっぱなしというか……
でもその「投げっぱなし」が、するんと心に落ちてきて「あ~そうなんだよな~……」って頷いてしまう。これが本当にわたしたちの「生活」なんですよね。
「うん、それが問題なのは分かるよ……でも……だからって今すぐわたしが実行動として何かできることって……何? そしてそれを実行に移せるだけの力が、わたし個人に……あるか? ないのでは……? そっとしておこう……」みたいな気持ち。そういう気持ちを積み重ねてわたしたちは自分の「生活」を守っている。
大きな問題に対して、うっすら認識はしていてもだからどうすれば良いか分からないし、ただ自分が生活するのに必要な目の前の小さな問題にだけ手を出してそれで生きている……
一番「ああ~そうなんだよ……! こういう感じなんだよな……!」と思ったのは、移民についてのページ。移民に不安を感じる理由も色々あるし、その気持ちに共感もできる、という脈絡で、(以下引用)

よっぽどの理由がないかぎり生まれた国にいてくれ!
…って思ったり
わかる
わかるし…
…とてもわかる
(p.138-139)

そして次のコマは、語学学校に通い始める『僕』の後ろ姿。セリフなし。
そう、これ……! 本当に日常の思考ってこんな感じよね!
この場で結論に結び付けようとしない、ただふわっと疑問や問題や気持ちを放流するような状態。
「分かる」から「正しい」あるいは「分かる」けど「良くない」、みたいにすぐ結論へつなげようとしてしまうことってよくあって、やっぱりそうやって結論を出して句点を打ってしまえたら収まりが良くて落ち着くんですよね。「オッケーそれじゃあそういうことで、この話はおしまいにしよう」って。
でもこの漫画は、話が「閉じない」。終わらない。
「わかる……」と言いながら投げっぱなし。
でも、投げっぱなしに見えて、例えば今回この『僕』がふんわり実行に移した行動が「ドイツ語学校に通う」だったことは、移民問題を考えるにあたって実はとても重要なことじゃないか?
脈絡なく見えるけど、大きなあみだくじみたいに、ぼんやり薄く広く絡み合った「社会問題」の端っこと端っこがリンクしているように、いち個人が起こすアクションとしてはすごく適切な距離感なんじゃないかな……
いや分からないけど……(投げっぱなし!)

街の素敵なシステムのことも、一方の差別や移民やホームレスのひとのことも、本当に一律のテンションで事実を淡々と描いてあるような感じがする。
そして善悪みたいな単純な結論は出さずに、ただ小さくささやかで遠回りな行動をちょっとやってみる……という着地方法。
すっごく良いと思う。

それから好きなのがキャラクター化の仕方!
誰もが「人間」じゃない。めっちゃ良い。
わたしが好きなのはロイドさんかな~、お花みたいな顔してるカフェ常連仲間!
サラさんも良いよね~、トラっぽいような獣の顔をしている彼女……サラさんは、「私はコロンビアの出身です、両親ともアジアからの移民だから、そう見えないかもしれないけど」と言うんだよね。
「そう見えない」って……!? そのトラっぽいかわいい獣の顔でそのような発言を!? このシュールさよ……
「あらゆる人種・性質のひとがいる街」というのを、こんなお茶目で洒落た描写方法で表現してあるというのが、本当に良い、すごく好き。
それからこれはさっき気付いたんだけど、登場人物たち……ほぼみんな手の指の数が4本だ……! ミッキーマウスか……!? おもしろすぎでは……! 好き!!!

前述した「淡々と事実を描いてある」のと、この登場人物たちのあまりの「非実在感」、それがマーブル模様に混ざり合って、不思議な漫画になっている。心地良い。
最初からストーリーに一貫してうっすら存在する「謎のシール」みたいに、実在するのかしないのか、意味があるのかないのか、でもきっと意味なんてなくても楽しいし気になるし、最後には「これはこういうものだ」に軟着陸するやわらかさと曖昧さがある。
そんな不思議な世界なのに、ちょっとした部分に「ああ~それだよ……」っていう共感と、真に迫ったリアルがある。

結局ちゃんとレビューできたか分からないな! この雰囲気を全然言語化できない! すごい漫画だこれは!
というかこの文章を書くために何度も何度も繰り返し読んでたら、本当この空気感の虜になってしまった……その証拠にたった今わたしは衝動的に同作者の『心のクウェート』の通販手続きをしてまいりました……そのうち届くでしょう……めっちゃたのしみ……虜というかむしろ表現としては「中毒」が正しいような気さえする……
今掲載中らしき『ベルリンうわの空 ウンターグルンド』もぜひ紙の本になってくれ~~~ッ(大声)



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