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 結局、どこで飲むビールがうまいのか<球場編>

 お酒が飲めるようになってしばらくすると人類が通るであろう、初めてのビールに口をつけた瞬間のあまりの美味しくなさに思いを馳せる。
 あの時感じた苦味をもう今は思い出すことができない。そんなことを思うと、私はもうニュージーンズになってDittoを軽やかに踊ることができないという一抹の寂しさに襲われる。(元からできない)
 そんなことを思うと高校時代に放課後テスト勉強をすると言ってお菓子を食べていた時に窓から見えたコットンキャンディーみたいにドリーミーな空だとか、プール終わりの塩素の匂いのする肌だとか、優しい先生のいる数学準備室でおでんを食べていたらまとめて怖い英語の先生に怒られてしまった時の優しい先生の顔だとか、授業をサボってスマブラを買いに行ったら帰りに校長先生とエンカウントしたことだとか、そういう青々しい戻れない記憶が思い出されて困った。
 
 話が最初から意味わからなくなったがいろんなお酒に浮気することは多々あれど、いちばん愛しているのはビール、一択だ。千鳥の大吾のような伴侶の愛で方が私のスタイルなのである。先述した通り最初に飲んだ時は「なんでこんな苦い炭酸水が美味しいんだ」と苦虫噛み顔になったものだが、遺伝子レベルで適応しているのか、ジョッキの半分くらいから「ん?美味しい?」と感じ始めた。そこからの入籍は堀北様くらい速かった。(そしてすぐぽにゅっとした)

 

さて、本題だけど結局どこで飲むビールがいちばんうまいのか考えていきたい。


 
 今回は人生で欠かせない黄金の酒場を紹介したい。球場である。
 まず私は祖父・父の教育のおかげで全く関西人ではないのに阪神ファンである。ある時、祖父になぜ阪神ファンなのかと尋ねたら「巨人が気に食わなかったから」という剥き出しの猛虎魂をまざまざと感じさせる野生の阪神ファンとして百点の回答が帰ってきた。かと言って祖父は血の気が多い人間ではない。普段は無口で、八十を過ぎていてど田舎在住なのにも関わらず、亭主関白の「て」の字もない菩薩みたいな爺さんである。溌剌としてよく喋る祖母の尻に完全に敷かれており、正月にはお婆さんの指示で家中の窓拭きを監修されながらやっていた。ただ、こと阪神となると人が変わってしまうのだ。祖父がしゃべるのは野球の試合中くらいのもので「チイッ、お見合いこくな!」とらしからぬ口調でテレビに向かって言っている。(ここで書けないこともたくさん言っている)ただ祖父がこんな長くファンをしているのに阪神が日本一になったことは一度だけなのだから「阪神ファン」は生まれ持った属性なのかもしれないと静かに思う。私たちは生まれる前に組み分け帽子で心を虎風荘に振り分けられているに違いない。うちは例えるならほぼウィーズリー家なので抗う余地はなかったし、もはや「新しい人と出会うのめんどくね?」とダメ男とずるずる付き合う女の気持ちなのである。(阪神ファン総じては長女気質のダメ男引きでもあると思う)
 

 話がめちゃくちゃ逸れてしまったが、そんな感じで実家時代はたくさん球場へ連れて行ってもらった。私にとって球場はテーマパークそのもの。先発をチェックして駐車場でユニフォームに着替え、同じ球場に向かう同胞たちについて行けば、野球のことだけ考えることが許される夢の国。そしてここは美味しいものが集まるエブリデイ・祭りの場所。この世の天国はここです。
 球場によってラインナップが違うのも楽しみの一つであるが、その中でも私は横浜スタジアムが本当に大好きだ。あのつやつやとしたみかんが乗った氷、それだけのシンプルな「みかん氷」がどれだけ光って見えたことか、今でもありありと思い出せるのである。五月の初頭のデーゲーム、夏の陽気すら感じさせる能見が先発だったあの日。初めて出会ってしまったのがみかん氷だ。優しい甘さのみかんがきゅんと冷え、太陽と試合のせいであつくなった体が喉元からひやっとした冷たさに包まれる、さながら切ないひと夏の恋の味である。(みかん氷の話になってないか?)お酒を知らない私はたちまちこのみかん氷の虜になり、横浜スタジアムが大好きになった。(成人後にこのみかん氷を彷彿とさせるノスタルジックなお酒に東京ドームで出会うのだけどそれはまた今度)
 その他にも理由がある、とにかくハマスタは雰囲気が抜群に良い。デーゲームのあのキラキラした高揚感も良いし、ナイターのドラマティックな夕焼けに包まれた後に夜が深まるのを肌で感じられるのも良い。七回になると、保育園の時に憧れた「I☆YOKOHAMA」と書かれた規格外の横断幕が出て嘘みたいな速さで吸収されて片付けられるのもいい。あとシンプルに横浜が好き。中華は旨いし景色は綺麗。私も「I☆YOKOHAMA」には共感しかない。
 
 そして、やっぱり、やっと本題だけど!ここで飲むビールは至高、人生の意味、デンジくんにとっての犬と猫さながらのポジティブ・アイコンなのである。綺麗な景色、熱を帯びた空気、リーグ優勝と日本一が1試合1試合絡んでいること・そしてそしてその日の自分の機嫌が掛かっているということの重みからくる緊張感、ここにあの愛すべき金色の液体。球場とビールなんてのは運命のシンメである。またなんでこんなにビールと球場という運命のシンメに狂うほど憧れてしまうのかというと、これには他にも心当たりがある。コロナだ。上京し好きに野球観戦に行けるようになったはいいが、新型コロナウイルスのせいで、一時期はアルコールの販売が中止されていた。私にとってそれはあまりに長く、切なく、まだ見ぬ球場のビールに恋焦がれるには十分な時間だった。そんな時間がいとも簡単にみかん氷という初恋を忘れさせてしまった。ごめん、みかこ。君をわ〜すれて〜変わって〜く〜僕を許し〜て〜。
 忘れもしない、コロナが落ち着いて初めて球場でビールを飲んだ日のこと。神宮球場の傘たちが揺らめくのに美しさすら感じるほど至高の体験だった。(ハマスタじゃないんか〜い)おねいさんからビール買うの初めてはめちゃくちゃ緊張したけど良い思い出です。
 その日から、ビールのない球場は夏休みのない八月、笑うことのないサンタになってしまったのだ。切ないね、洋次郎。
 
 
 急な階段をのぼり(特にハマスタ)、自分の席に座って一息つけば、あとはにっこにこお姉さんにアピールするのみ。絶対に疲れるだろうにキラキラした笑顔を絶やさないお姉さん方には脱帽である。そして皆かわいい。時代錯誤なことを言ってごめんとは思うけれどかわいい人に注いでもらうビールは本当に美味しいです。
 絶妙なバランスで注がれ、試合の熱気を存分に液状化したビールはこの世でいちばん金色で、その炭酸の粒の輝きはダイヤに勝るとも劣らない。しかもおねいさんのアイドルスマイルまでもらえるし。
 一球一球、緊迫した雰囲気で行われる投球を横目に、何かから解放されるような最初の喉越しはまさに中毒的。背徳感をいとも簡単に打ち消す幸福感でいっぱいになる。試合はまだ何も動いていないというのに、涙が出そうになる。オンマ、産んでくれてありがとう。(ジャニーズの現場終わりのような気持ち) 
 
 そしていざ試合が動いても何かにつけビールを飲みまくるルーティーンに陥ってしまう。ランナー出た!ビール!チャンスマーチ!ビール!タイムリー!ビール!わっしょい!ビール!こんな感じもあるし、ノーアウト一、三塁で村上とかいう大ピンチ、しかめっ面で試合を見てたら甘い球を見事に捉えられそのままライトスタンドへ、はいおわたビールビールビールビールみたいな感じもある。
 
 こんな感じで何か頑張ることは選手にお任せし、気持ちだけは一丁前に乗せてビールを呷り散らかすことが何故か許されているのが球場とかいう現代人にとってのユートピアなのである。
 故に球場で飲むビールは至高。ていうかこんな熱量で書いて大丈夫かな、これに匹敵する場所出せるのかな自分は。まあでもとにかく、祖父よ父よありがとう。阪神タイガースがダメ男だとわかってはいますが、人生がひまわり色のストライプ柄になって楽しいよ。

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