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J-POPは「何を探してきた」のか? ヒットソング“70年分の歌詞”から見えたもの

朝日新聞の研究開発チーム「ICTRAD」の野口と申します。研究開発チームの一員ではありますが、ちょっと前まで記者として働いておりまして、朝日新聞のウェブメディア「withnews」で記事を書く仕事もしています。

主に、テクノロジーやデータと身近な話題を組み合わせた「#ゆるテック」という企画連載をしているのですが、先日、「70年分、約1,300曲のヒットソングの歌詞」をテキストマイニングで分析した記事を配信しました。

ありがたいことに、記事がYahoo!ニュースのトピックスに採用されるなど、多くの反響をいただきました。今回は記事におさまりきらなかった内容を少しご紹介できればと思います。

それはずばり、「J-POPは何を探してきたのか」ということ。

以前、withnewsで「忘れられがちだけど、平成を象徴するモノやコト」を取り上げた「#平成B面史」という企画で、「自分探し」をテーマで取材したことがありました。「自分は探すもの」という概念が定着する80~90年代に、少なからず影響を与えていたのが、その時代の若者たちが支持したJ-POPでした。

しかしここで疑問が浮かびます。「J-POPが探してきたのは、果たして《自分だけだったのか」と……。

歴代ヒットソングはどれくらい「探し」ていたか?

今回のエントリでも、参考にしたのは音楽配信サービスの企画・運営を行う「レコチョク」が公開している年代別のヒットソングのリストです。1950年代からのリストに、2020年の年間ランキングを加え、重複を除いた1,343曲の歌詞を集計しました。集計対象には、以下のような曲が含まれています。

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この中で、「探す」を含む曲は125曲。つまり、ヒットソングの約1割は「何か」を探していたことになります。全体で2,000語近い動詞のバリエーションがある中で、「探す」の出現回数は24番目に多く、曲の歌詞として浸透している表現だと言えるでしょう。

しかし、withnewsの記事でも紹介したように、別々のアーティストが制作しているにもかかわらず、ヒットソングの歌詞にはその年代の「色」というものがあります。これは、「探す」が登場する曲の遷移をみるとよくわかります。

探す

2020年の曲数が少ないことには考慮が必要ですが、「探す」を含むヒットソングは増加傾向にあることがわかります。50~60年代ではほとんど「探す」ヒットソングが生まれていない反面、90年代の急増っぷりは顕著です。

J-POPは、90年代以降「何か」を探すようになった、と言っても過言ではないでしょう。

J-POPが探していたのは「何」か

さて、前置きが長くなってしまい申し訳ないですが、この125曲は何を探してきたのか、ランキング形式で紹介していきます。

と言いつつも、J-POPが探してきたものは80種類以上あり、かなり細分化されているため、一部「探しもの」「落とし物」などを「~もの」としてまとめるなど、筆者の独断と偏見でグルーピングしています。

それではTOP5をどうぞ!

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ヒットソングのうち、最も「探されていた」のは「君」でした。確かに、「君を探している」というフレーズはどこか聞き慣れているような気がします。

ただ、歌詞を読んでみると、浮かぶ情景はさまざま。思いを寄せる人と巡り合うまでのことを「探していた」と表現する「出会い」のケースもあれば、もう会えない相手を記憶や人混みから探してしまうように「別れ」や「未練」に紐づけられるケースもあるようです。

2位の「~もの」については、前述のように「探しもの」「ないもの」などを含みます。たとえば「誇れるもの」など「それが何なのか」も含めて探していると思われる歌詞がある一方、「この手より優しいもの」「君が遺したもの」など、恐らく主観としては明確な対象はあるものの、想像力を膨らませる表現を用いる曲もありました。

3位は「愛」、そして4位は「あなた」。恋愛感情の「満たされなさ」を「探す」という能動的な行動で表現しているのが、「君」のケースと共通しているように思います。

同じく4位の「光」は、「希望」の言い換えと受け取ってよいのではないでしょうか。主に1990~2000年代のヒットソングを中心に登場する表現になっています。

そして6~8位はこちら!

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6位はやや雰囲気が変わって「場所」です。「居場所」に代表されるように、「自分の場所」「泣ける場所」「帰る場所」など、心のよりどころのなさが込められています。こうした「場所」について、リアルな場所を意味する人もいれば、人やコミュニティ、ものやことを連想する人もいるでしょう。J-POPでは「場所」という言葉に多様な意味が含まれ、それが浸透していることも非常に興味深いです。

同じく6位は「言葉」。「優しい言葉」「次の言葉」「伝えたい言葉」などとして登場しますが、それらを探す状況が意味することは「沈黙」ではないでしょうか。相手に気持ちをうまく伝えられない自分の未熟さや気まずい時間を、解きほぐしてくれるような表現なのかもしれません。

そして個人的に印象的だったのが、8位となった「何か」。「~もの」にもありましたが、そもそも何を探しているのかが明らかになっていない曲があるのです。これがすごく青春っぽいというか、何者かにならねばならないけれども、どうしたらよいかわからないモラトリアムの歯がゆさをこの「何か」が体現しているように思います。

人生とは「探すこと」なのかもしれない

ここで紹介しきれなかったもの以外にも、ヒットソングが探してきたものは80以上。実に多様なものが探されてきました。「出口」「真実」「続き」「可能性」「間違い」「欠片」、「始まり」に「終わり」があれば、「サングラス」や「傘」、「暑中見舞」に「野イチゴ」まで……。

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全体を通して、J-POPの「探す」行動原理は「物足りなさ」「満たされなさ」にあるように感じます。時代につれて生活は便利になっていったはずなのに、増えていった「探す歌詞」からは、それでも満たされない人々の心が反映されているのかもしれません。

個人的には、8位にあった「何か」よろしく、誰しも心のどこかに「なぜだかわからないけど、満たされない何か」があるのではと思います。むしろ、歌によって言語化されることで、腹落ちすることも少なからずあるはず。そう思うと、未知の「何か」をこれからも教え続けてほしい、と思います。

(ICTRAD・野口みな子)