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「ほどほどの人生でも、そこそこ幸せ」韓国の人気ドラマ作家が綴る、完璧を捨てて見つけた“なかなかな今日”

 韓国で大きな旋風を巻き起こし、日本でもベストセラーとなったチョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』以降、韓国文学ブームが今も続いている。最近では小説だけでなく、「BTSのメンバーが読んだ」と話題になり日本でも翻訳された『死にたいけどトッポギは食べたい』や『家にいるのに家に帰りたい』など、韓国エッセイも人気だ。

 2022年5月20日に発売された、韓国ウェブドラマの火付け役と言われる「恋愛プレイリスト」小説版の著者・アントイさんのイラストエッセイ『ほどほどに生きても、それなりに素敵な毎日だから なかなかな今日』。アイドルグループgugudanのハナさんが出演したことでも話題になった「My Fuxxxxx Romance」の脚本家としても知られるアントイさんは、「人生を欲張りに生きてきた」と話す。だが、今回のエッセイでは、「陰キャ」でも「陽キャ」でもない、その中間の「なかキャ」として、「ほどほどの幸せを感じながら、なかなかな人生を作る」過程を描いた。

 彼女に変化をもたらしたものは何なのか。アントイさんにインタビューした。

――幼い頃から「完璧」に近づくために、人生を欲張りに生きてきたというアントイさんが「“ほどほど”の幸せがあればいい」という心境にいたったのはなぜですか。

 私は8年ほど会社員生活をしていました。「上司に認められたい」「ほかの同僚たちよりもかわいがられたい」という気持ちもあり、一生懸命に仕事をしました。でも、上司はそんな私の悪口を言っていた。その時、悟ったんです。「人に認められようと頑張ったところで、なんの意味もないのだ」と。必死になって生きる中で、多くのものを得ることができました。でも同時に、何を持っていても「完璧」にはなれないことも知りました。頑張って息苦しくなるのはもうやめよう。ほどほどの人生でも、そこそこ幸せなんじゃないか。そう思ったんです。私が29、30歳の時でした。

アントイ/会社員兼作家、イラストレーター。ウェブドラマ「My Fuxxxxx Romance」の脚本や人気ドラマシリーズの小説版「恋愛プレイリスト」、コミックエッセイ「カカオフレンズ・オフィス」などを執筆。いつも心ときめく物語を創作したいと考え、いまこの瞬間も何かを書いている(アントイさん提供)

――そんなアントイさんのメッセージに、韓国で暮らす多くの人々が共感しています。どう感じていますか?

 私を含め、韓国の20、30代の若者は「三放世代サムポセデ」と呼ばれています。

 就職難・経済不安のために「恋愛、結婚、出産」を諦めなた世代という意味で、実際、多くのことを諦めなければいけない状況にいます。しかし、そんな中でも、どうしたら自分らしく生きられるのか悩み、幸せに生きられる方法を模索しているのです。近年、韓国では「今のままでいい」とか「あるがままで生きよう」というメッセージを伝える本が流行しています。私は「今の自分を認めること」の一歩先、「今の自分を認めた上で、どうしたらもっと幸せになれるのか」という部分に焦点を当て「より幸せな自分になれる方法を探してみよう」というメッセージを伝えようと試みました。それが共感を得たのではないかと考えています。

――日本の人々、とりわけ日本の同世代のことはどう見えていますか?

 韓国の若者とそう変わりがないように見えます。私は日本のドラマが好きでよく観るのですが、その中に「凪のおいとま」という作品があります。都会でOLをしていた主人公の凪が全ての人間関係を断ち切って郊外に引っ越し“自分らしい生活”を見つけるという話です。私を含め、韓国の働く女性たちが凪に共感しました。ドラマを観て、日本も韓国も若者を取り巻く環境や、感じていることは同じなのだと思いました。

若者たちのテレビ離れ、YouTubeをはじめとする動画コンテンツへの移行は韓国でも起きている。加えて、勉強に忙しい世代サクッと見られるもの、ということで広まった1話10分程度の「ウェブドラマ」。アントイさん脚本の「My Fuxxxxx Romance」はタイトル通り、ちょっと刺激的な4人の男女のラブロマンスだ(アントイさん提供)

――「ほどほどの幸せを見つけながら、ほどほどの生き方をする」ために大切なことはなんだと思いますか?

「うまくやろう」と頑張るから、力が入りすぎてポキッと折れてしまうのです。そうではなく、「自分ができる範囲の中でベストを尽くす」と考えることが大切だと思います。世の中、うまくやろうとしたところで、思い通りにいかないことって多いですよね。その現実を受け入れるのは難しいし、傷つくこともある。だったら背伸びせず、自分の枠の中でできることを精いっぱいやるほうが、ずっといい。「頑張っていない」のでも、「適当に生きている」のでもありません。“ほどほど”を大事に生きていくということなのだと思います。

――日本の人々に「こんなふうに読んでほしい」「こんな時に手に取ってほしい」というメッセージがあればお願いします。

 私は偉大な人でもなんでもなく、みなさんと同じ世界を生きる普通の女の子です。この本には何かすごいことが書いてあるというわけではありません。でも、期待せずに読むと、案外「なかなかいいな」という考え方や「これならできそうかも」という勇気を得ることがあるかもしれない。充実感を得られなかった日や憂鬱ゆううつなことがあったとき、隣の家に住む女の子の日記を読む感覚で、気楽に読んでいただけたらうれしいです。

(構成・文/酒井美絵子)