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「久米宏は罪深い」の真意とは? 久米氏初の自叙伝『久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』をライター・テレビっ子の戸部田誠(てれびのスキマ)さんがレビュー!

「久米宏は罪深い――」から始まったライター・テレビっ子の戸部田誠(てれびのスキマ)さんによる、レビュー。久米宏さん初の自叙伝として話題となった『久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』の文庫化に寄せて執筆してくださった、「一冊の本」2023年10月号掲載の書評を特別公開! テレビを「変えた」男の半生を綴るこのドキュメントを、戸部田さんはどう読んだのか?

 久米宏は罪深い――。

 そう僕は思っていた。なぜならテレビのニュースを「わかりやすいもの」に変えてしまったからだ。それまでニュース番組は視聴率競争とは無縁のものだった。そもそも数字が獲れる発想はなかったのだ。そんな中、1985年に始まった久米宏がキャスターを務める『ニュースステーション』は、その「面白さ」で高視聴率を獲得。他のニュース番組も視聴率獲得を目指すようになった。

 本作は、「『土曜ワイドラジオTOKYO』『料理天国』『ぴったしカン・カン』『ザ・ベストテン』『おしゃれ』『久米宏のTVスクランブル』……。そのどれ1つが欠けても『ニュースステーション』は生まれなかった」と綴られているように、いかにして革新的なニュース番組『ニュースステーション』が生まれたかが、彼の経歴とともに詳細に描かれている。その語り口はテレビやラジオそのままで軽妙洒脱。実にわかりやすい。何しろ「最後の『簡単にまとめてみる』をお読みいただくと、一瞬にして本書の内容がわかります」と悪戯っぽく注釈されたエピローグで端的に本書の内容をまとめられてもいるのだ。しかし、それは久米宏の“罠”だ。そこだけを読んでわかった気になってはならない。わかりやすさの本質は単純化ではなく実は細部にこそある。その構造は本書もニュース番組も同じだ。

 ラジオ番組のための「売名目的」でテレビに出始めた久米。テレビのほうに重心を移す転機となった『ぴったしカン・カン』で「『素の表情』とは何かを考え始め」、「『ニュースを伝えるときの表情はどうあるべきか』という問いに」繋げていく。また、「僕にとって『ザ・ベストテン』は時事的、政治的な情報番組であり、のちの『ニュースステーション』のほうがニュースを面白く見せることに腐心したぶん、ベストテン的という意識が強かった。2つの番組は、僕の中で表裏の関係をなしていた」と明かされている。

 そうしたキャリアの中で久米は、「テレビの機能を最大限に生かせる番組をつくりたい」と、テレビの本質とは何かを考えるようになっていった。その答えこそ、「ニュース」だった。日本では報道番組がどうあるべきかについてまともに考えられていないと感じた久米は、だからこそ逆に「鉱脈」だと考え、まったく新しいニュース番組を立ち上げる決断をするのだ。「外観のイメージ、雰囲気が決定的に重要な要素となる」とセットから衣装に至るまでこだわった。もちろん、原稿も変えた。報道記者が書くニュース原稿は昔ながらの名文調、美文調ばかりだった。だから久米は記者たちに「普段話す言葉で書いてほしい」と繰り返し要望した。またワンセンテンスが長いのも常だった。それでは分かりにくい。久米はどんどん文章を短く切っていった。「中学生にもわかる」「テレビ的な」「楽しめるニュース」をコンセプトに、いかに「わかりやすく」するか。模型などを使って、一目でわかるように工夫していったのだ。

 当然、最初からうまくはいかない。「報道局の記者・デスクたちは、制作会社の人間とは口を利いたこともない、いわばエリート集団だ。対するOTOのディレクターや放送作家たちは、報道のことなどまったく知らない雑草軍団だ」。この報道=スーツ組と久米の事務所で制作会社のOTOからやってきたバラエティ畑のスタッフ=Tシャツ・短パン組の争いはシリアスだけど、描写がマンガチックで面白い。

 開始当初は1桁で推移した視聴率だが、チャレンジャー号爆発事故やフィリピン2月革命を機に好転。やがて20パーセントを超え、他局にそれを追随する番組を乱立させるきっかけになった。わかりやすくて面白い『ニュースステーション』はニュース番組を根本から変えていったのだ。

 一方で久米は、「テレビで政治を見ていると、僕たちは何かわかったような気になってしまう。なぜわかったような気になるのか。テレビに映っているものをすべて見たからだ。ここにはテレビが本質的に持つ危険性、あるいは弱点があるように思う」と警鐘も鳴らしている。久米のやってきたことを表層的になぞり、ニュースをわかりやすく伝えようとすると、単純化に向かいがちだ。しかし、事実はそう単純なものではない。テレビの危険性を顧みず、「わかりやすさ」に耽溺してしまうと二元論や画一化の罠にハマる。いま、そんなニュース番組が少なくない。

 いかに細部にこだわり、この世界は複雑だということをわかりやすくテレビで見せるか。本書にはその模索が刻まれている。テレビの本質を考え抜いた上で、一貫して「反権力」を貫き、久米は常に他とは違う見方を提示していた。本書を読み終えた今、僕は思い直した。

 いま、テレビに「久米宏」が必要だ。

■書籍データ

タイトル:久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった
著者:久米宏
発売日:2023年10月6日(金)
発売元:朝日新聞出版
定価:990円(本体900円+税10%)
https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=24466


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