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職場の課長が休職することになり、復帰まで課長代理を務めることになったAさんの話

 ストレスを感じやすく心が折れやすい人には、共通点があるといいます。産業カウンセラーで職場のメンタルヘルスの専門家である見波利幸さんが著書『やめる勇気――「やらねば!」をミニマムにして心を強くする21の習慣』(朝日新聞出版)で紹介している事例から、ストレスを軽減させる方法を紹介します。

 職場の課長が休職することになり、復帰まで課長代理を務めることになったAさんの話です。

 Aさんにとってマネージャー職は初めての経験でした。しかも、自分の本来の仕事に加えてのマネジメント業務です。全体の進捗(しんちょく)管理をし、他のスタッフに指示を出していく仕事をなんとかこなそうとするあまり、自分の業務がおろそかになり、仕事が回らなくなってしまいました。

 Aさんが私の所に相談に来られた時は、メンタル不調になる一歩手前というところでした。仕事内容が変わったことにストレスを感じている場合は、キャリアアンカーについて深く考えることで、解決の糸口が見つかることがあります。

 キャリアアンカーとは、アメリカの組織心理学者、エドガー・H・シャインが、人がキャリアを選択する時に重視する価値観・欲求を八つのカテゴリーで示したものです。その八つとは「専門重視」「経営重視」「自立・自律重視」「安定重視」「起業・創造重視」「社会貢献重視」「チャレンジ重視」「ライフスタイル重視」。この中から、自分が仕事をするうえで大切だと思うものを3、4個選んで、優先順位をつけます。

 私はAさんにこの話をして、働き方の志向や価値観を探ってもらうことにしました。彼が選んだキャリアアンカーは、最上位が「ライフスタイル重視」で、その次に大切なのが「専門重視」でした。

 さらに、選んだカテゴリーについて具体的に吟味していくと「自分にとって家族との時間が一番大切だ」と気付いたのです。

「今は忙しくて家族と過ごす時間がほとんど取れていないんです。たまに一緒に過ごす時も仕事のことばかり考えてしまって……。そのことで家族に心配をかけているのがやっぱり一番つらいです」と話してくれました。

 結論としては、「自分が最も幸せを感じるのは家族との時間。それがあれば仕事のストレスは乗り切れる」ということでした。

 当初、Aさん自身が認識していたストレッサーは「慣れないマネジメント業務をあてがわれた」ということです。

 今までは十数年かけて蓄積した専門知識を活かしてプレーヤーとして働いていましたが、会社から求められているマネージャー職では自分の専門性を発揮することはほとんどありません。Aさんが選んだもう一つのキャリアアンカー「専門重視」を選ぶ人は、自分の技術によって活躍することに喜びを感じるので、現状が重荷になっていたのです。

 けれど、自分が重視するキャリアアンカーや価値観を考えることでAさんは「家族との時間が一番大切」ということがわかりました。平日の夜や休日に奥さんと一緒に過ごしている時に、一番の幸せを感じていたことを思い出したのです。仕事が忙しすぎて考えられていなかったけれど、なるべく早く子どももほしい、温かい家庭をつくりたいと思うようになりました。

 専門的な仕事をしたいという志向もあるけれど、それよりも家族が大切。仕事の内容にこだわる志向は自分にとってそこまで大切なことではなかった。将来子どもを育てていくためにも、仕事で安定した収入を得ることが必要だ。ゆくゆくはマネジメント業務が主体になってくるだろうから、今の経験も無駄ではない─―。

 Aさんはこのように考えるようになりました。会社での責務も仕事量もまったく変わっていませんが、ストレスが軽減されたといいます。自分にとって本当に大切にしたいことを認識することで、現状に折り合いをつけることができたのです。

(文:見波利幸/写真:Gettyimages)


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