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「水曜どうでしょう」D・藤村忠寿さんが、自身の新刊ではなく「日本のサッカー」について熱く語る/『人の波に乗らない』刊行記念エッセイ

 北海道放送のローカル番組でありながら、全国区の人気を誇るバラエティー番組「水曜どうでしょう」の名物ディレクターである藤村忠寿さんによる最新エッセイ『人の波に乗らない』が、2023年4月24日(月)に刊行されました。刊行を記念して、著者の藤村さんが「一冊の本」23年5月号にご執筆くださったエッセイを特別公開します。

藤村忠寿著『人の波に乗らない』(朝日新聞出版)
藤村忠寿著『人の波に乗らない』(朝日新聞出版)

王道でないからこそ

 サッカーについて語ります。でも私はサッカー経験がありません。現在57歳。北海道テレビに勤務するサラリーマンです。「ローカル局制作のバラエティー番組としては異例のヒットを飛ばし、大泉洋を生み出した」と言われている『水曜どうでしょう』という番組のディレクターを務めてきました。あくまでも「異例」と称されているわけで、それは世間的には「王道ではない」ということです。では始めましょう。

 まずはサッカーのルールについて。「ゴールキーパー以外は基本、手を使ってはいけない」。こんなの言われなくても知ってますよね。でも、このルールこそがサッカーを「単なるボールの蹴り合い」ではなく「競技」として成立させている一番の要因です。サッカーは手を使わずにボールをゴールに入れれば得点になります。ただしそのゴールの前にひとりだけ手を使うことを許されたゴールキーパーがいる。神のように振る舞う彼の存在によってそう簡単には得点ができない状況が生み出される。そんな不利な状況を打破するために、手を使えない10人ものフィールドプレイヤーたちが束になって頭と体をフル回転してゴールを奪う。つまりはゴールキーパーという「特権階級の存在」がサッカーを競技として成立させ、なおかつ興味深いものにしている、ということです。

 その二。大まかにいうと「相手チームの一番後ろにいるフィールドプレイヤーより前に出てプレーしてはいけない」。「オフサイド」ってやつですが、これはちょっと分かりづらいですね。でも先に話したゴールキーパーの役割を理解していればすぐに理解できるはずです。説明しましょう。「一番後ろにいるフィールドプレイヤー」とは、言い換えればゴールキーパーに一番近い位置にいる、相手のフィールドプレイヤーのことです。その「前に出てプレーしてはいけない」ということは、簡単に言えばゴールキーパーの目の前にずっと居座っちゃいけないってことです。だってね、とにかく図体のデカいヤツが常にゴールキーパーに張り付いて邪魔をし続けたらどうなります? ゴールキーパーの特権が消されてしまうじゃないですか。そんな立ち位置にいるプレイヤーは「オフサイド」=「反則の位置にいる」ということです。つまり「特権階級は常に守られる」というわけですね。我々庶民階級には身につまされる話です。

 その三。「紳士的にプレーする」。わざと相手にケガをさせるような危険なプレーとか、そんなことやっちゃダメ!ってことです。もちろんゴールキーパーも同様で、特権階級だからっていい気になって庶民に狼藉を働いたら許さんぞ!ということです。はい、以上がサッカーの基本ルールです。そう、たったこれだけです。野球はルールが多いし守備位置も打順も決められているし、ましてや我々の社会なんて役職とルールでがんじがらめ。でもサッカーはとてもシンプル。だから世界中に広まったんですね。

 さてそんなサッカーで、日本は世界の中でどのぐらいの実力なんでしょうか。昨年のワールドカップで日本は世界のベスト16に残りました。一方で野球のワールド・ベースボール・クラシックでは世界一に輝きましたから「それに比べたらサッカー日本代表は不甲斐ない!」と思われるかもしれません。でも私は「ベスト16は順当な結果である」と思っています。データで説明しましょう。

 日本のサッカー人口と野球人口は統計の仕方によって400万人から700万人と幅がありますが、いずれにしてもほぼ同数です。一方で世界のサッカー人口は2億6000万人、野球は3500万人とされています。日本のサッカー人口、野球人口をともに500万人と仮定した場合、それぞれの世界の競技人口に占める日本の競技人口の割合を計算すると、サッカーは1.9%、それに対して野球は14%。つまり世界で野球をやっている人の7分の1が日本人ってことになります。「そりゃ日本の野球強いわ!」となります。

 では、世界の1.9%に過ぎない日本のサッカー人口は、国別で比較した場合に何番目に多いのでしょうか。ある統計では日本のサッカー人口を480万人として算出した結果、世界で12番目だそうです。続いて各国の総人口に占めるサッカー人口の割合を見てみましょう。その国の老若男女全ての中でサッカーをやっている人の比率です。ダントツはドイツの約20%。なんとドイツ人の5人に1人はサッカーをやっているという驚異の数字。南米やヨーロッパの強豪国はおおむね6%以上で、一般的な国はだいたい1%台。日本はといえば3.8%という、少なくないけど多くもない微妙な数字でした。

 最後に国際サッカー連盟が発表しているサッカーの世界ランキングを見てみれば、日本は現在20位。こうしてデータを並べてみれば、ワールドカップでベスト16に残ったのは順当な結果であって「野球と比べて不甲斐ないなんて言ったらダメ!」ということがお分かりいただけたはずです。

 さて、ルールがシンプルなサッカーという競技における現在の日本の立ち位置を確認しました。では果たして日本はこれから強くなるのか? 「昔と比べて海外でプレーする選手が増えている」「三笘選手の活躍は素晴らしい」「きっと日本は強くなる」そんな声が多く聞かれます。確かにヨーロッパの強豪国で揉まれて学んでいけば選手個人の実力は向上するでしょう。ただし日本人の特性を考えた場合、それは必ずしも日本サッカーに好結果をもたらすとは限らないと考えます。私はテレビ局の人間ですから、その経験から話をしましょう。

 新入社員のころ「ウチの売り上げ規模は全国120局の中で20番目ぐらい」と聞きました。まさに日本サッカーと同じような立ち位置です。そんなローカル局の社員たちはおしなべて東京制作の番組に学ぼうとします。でも「学び」は往々にして「マネ」になっていきます。売り上げ規模が段違いに低い局がマネをすれば、出来上がった番組は見劣りのする模倣品にしかなりません。そこで私は20番目という立ち位置に沿って低予算で少人数、市販の軽量なカメラを使って旅をする番組を作りました。東京のマネではなく、むしろ真逆のやり方をしたわけです。そこに「独自性」があり、やがて番組は北海道から全国へ向けて放送され、DVDの売り上げは東京制作のバラエティー番組を凌ぐ「異例のヒット」となりました。DVDが一番売れた地域は東京です。つまり私にとって東京は「学ぶ場」ではなく「稼ぐ場」であったということです。

 サッカーの話に戻しましょう。南米のサッカー選手たちがヨーロッパの強豪チームに移籍するときに、彼らは「学ぼう」と思っているでしょうか。それよりも「稼ごう」と強く思っているのではないでしょうか。南米の選手にはヨーロッパの選手にはない特有の技術があり、そもそもそれを期待されて呼ばれているわけです。そのようなことから彼らはヨーロッパの地で、常に「南米人としての独自性」を発揮しようとしているのではないでしょうか。だから南米はヨーロッパの国々に勝つことができる。

 一方で日本人選手は、ヨーロッパのサッカーを真摯に学び、ヨーロッパのチームに融合しようと努力しているように見えます。それが無意識のうちに「マネ」になり、それをそのまま日本に持ち帰ることでチームを「ヨーロッパの模倣品」にしてしまう危険性をはらんでいるように思えてしまうのです。

 先に話した通りサッカーという競技は自由度が高く、選手のプレーにも監督が示す戦術にも独自性を発揮できる場が多く存在します。しかし自由すぎるが故に方向性が定まらないとき、日本人はついつい「お手本」を探してしまうきらいがあります。テレビも同じで、上手くいっている番組をすぐにマネして、その結果どのチャンネルにも同じような番組が並び、いつしかテレビ自体が面白くなくなってしまいました。

 そう、私はただ日本のサッカーを面白く見たいのです。20番目に位置する日本サッカーだからこそできる「王道ではない」「独自性のある」サッカーを模索して「異例のヒット」を飛ばしてほしいのです。

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