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3代目パンダ舎「パンダのもり」がひらがなのワケ【上野動物園ののんびりパンダライフ<第2回>】

 今回の「きょうもパンダ日和」は、パンダライター・二木繁美さんの連載「上野動物園ののんびりパンダライフ」の2回目です。前回は、シャンシャンがいた東園の「2代目パンダ舎」について振り返りました。今回は、現在パンダ親子が暮らす西園の「パンダのもり」について、引き続き、副園長の冨田恭正さんにお話をうかがいます。「もり」がひらがななのには理由があった? お楽しみ下さい!

▼第1回「2代目パンダ舎」はこちら!

上野動物園初のふたご・シャオシャオ(左)とレイレイ(右)=2023年5月17日、筆者撮影

飼育員さんのストレスも減った!? 3代目パンダのもり

 現在、パンダたちが暮らす「パンダのもり」は3代目パンダ舎として、「都立動物園マスタープラン」(東京都建設局公園緑地部による都立動物園と水族園が目指す姿と、それを実現するための取り組み)に基づいて整備されました。新しい場所は、園のほぼ中央、東園と西園をつなぐ「いそっぷ橋」のたもとにあたります。

 なぜここが選ばれたのかというと、近年の入園者減少に対し、東園と西園の連結部付近に集客力が高いジャイアントパンダ(以下、パンダ)を配置することによって、来園者を園内に引き込みたいという狙いがありました。

並んで食事をするシャオシャオとレイレイ=2023年6月23日、朝日新聞社

 この「パンダのもり」は、2020年8月に完成。9月8日に一般客にお披露目されました。敷地面積は約6800平方メートルと、2代目パンダ舎の約3倍まで拡張されました。室内展示室の面積も約2倍になっています。

【図1】2代目パンダ舎平面図=(公財)東京動物園協会提供

「2代目パンダ舎は飼育のための機能はそれなりにそろっていたのですが、構造にやや難がありました。一番はパンダを外へ出す動線ですね。【図1】を見てもらうとわかるのですが、屋外放飼場へ出られる道が1つしかありませんでした。2代目パンダ舎では、1番多いときで4頭を展示していたのですが、たとえば屋内展示場の5号室にパンダがいた場合、2〜4号室を通り抜けないと屋外運動場に出られないのです。その間には、ほかのパンダを寝室に入れるなどしなくてはいけません」

 そもそもパンダは単独で暮らす生き物。部屋を通るときに、他の個体の匂いを気にすることもあったようです。

【図2】3代目パンダ舎平面図=(公財)東京動物園協会提供

 その点、パンダのもり【図2】では、どの屋内放飼場からも直接屋外放飼場へ出ることができます。

「この状態なら安全面でもエラーが起きにくいですし、それぞれの個体を集中して管理することができて、飼育員のストレスも減ります」

シャオシャオとレイレイ(68日齢)=2021年8月30日、(公財)東京動物園協会提供

 そしてこちらでは、上野動物園ではまだ経験のなかった、ふたごの誕生も見据えていました。

「子育てをする産室と保育室が近いこと。これはふたごの入れ替えに役立ちました。2つの部屋を数秒で素早く行き来できるため、シンシンが気づく前にふたごを入れ替えることができるんです」

子どもを抱くシンシン= 2021年7月22日、(公財)東京動物園協会提供

 なぜ入れ替える必要があるのかというと、パンダは約45パーセントの確率でふたごを産みますが、通常は片方の強い個体しか育てません。そのため、動物園ではふたごを入れ替えながら、人間が育児を手伝う“Twins swapping(入れ替え方式)”が採用されています。パンダのもりでは産室と保育室が近いことで、入れ替えのための動線が格段に良くなりました。

気になる? シャオシャオがガジガジした新しいやぐら

 ほかに、パンダのもりには飼育のためのさまざまな工夫が隠されています。「たとえば、最近運用を始めたやぐらは、縦の空間を作って、パンダたちの動きの選択肢を増やしたいという狙いがあります。飼育スペースの平面には限界がありますので、高低差を利用することによって『上る』『下りる』といった動きのバリエーションが増えます」。

 限られた飼育スペースでも、パンダたちが健やかに暮らせるように工夫がされているのです。

2024年3月に新しくできたやぐら=2024年6月26日、朝日新聞出版

「私が新人の頃に教わったことは、飼育スペースでは広さはもちろん、用を足す、隠れるなどの機能面も考えなくてはならないということでした。広さだけでなく、それぞれの機能がキチンと備わっていることが大切なんです」

 例えばパンダなら、水浴びのための池や、子どもが危険回避のために登る樹木などは用意したいところ。おっしゃる通り、広ければ良いというわけではないのですね。

バードストライク防止につけたされたステッカー=2024年6月26日、朝日新聞出版

 しかし、急に登場した大きなやぐらを、パンダたちは警戒しなかったのでしょうか。

「気に入ったようで、結構すぐに上りましたね。最初はシャオシャオが柱の部分をかじってしまって。やぐらがすぐに壊れてしまうのではないかと心配していたのですが、飼育担当者が『すぐにあきますよ』と。その通りにすぐにかじるのをやめました。いまでは、シャオシャオもレイレイもによく上っていますよ」

 最近では、やぐらの上から、シンシンの放飼場をのぞくレイレイの姿も確認されています。

やぐらに上るシャオシャオとレイレイ=2024年3月18日、(公財)東京動物園協会提供

 実は、このやぐらを作る構想は、建設時からあったそうです。

「やぐらは運動のほかに雨よけとしても使えます。見栄えに賛否があるのは認識していますが、大きさについても、パンダが上って脱走してしまうことがないように、安全上キチンと計算してあります」

サポート基金が設置をサポート、リーリーの洞穴

 リーリーのエリアには、完成したときから大きな洞穴があります。

「やぐらもそうですが、建物以外のパンダのための設備は、すべてジャイアントパンダ保護サポート基金を活用して作っています。通常は施設が完成してから設備を追加していくのですが、洞穴は完成して後に増設するのは難しいということになりました。そこで、『サポート基金を通じて、たくさんの方が応援してくれている。みなさんがお寄せくださった基金を活用する設備として、そこだけは特例でお願いできませんか?』と、東京都に相談して、施設と一緒に作ってもらいました」

パンダのもりの放飼場=2024年6月26日、朝日新聞出版

 施設に関して、パンダ舎の整備工事は東京都建設局の仕事です。しかし、管理と運営は上野動物園が担っています。そのため、実際に運営を始めてみて必要になった細かい設備の設置や改良は、施設の完成後に行われています。そういった際に、活躍するのが「ジャイアントパンダ保護サポート基金」です。こちらは、絶滅の危機にあるジャイアントパンダの保護を目的とした基金です。こういう形で役立てられているのですね。

リーリーのエリアにつくられた洞穴=2022年10月21日、筆者撮影

 また、設備だけではなく、展示方法にも工夫がされています。

「レッサーパンダは東園では80年代、同じパンダ舎の中にいました。一番手前にある屋外運動場がそれです。ただ、その後の中国との申し合わせで、衛生的な理由で同じ建物の中に別の哺乳類を展示しないことになりました。なので、長らく近くには展示していませんでした」

 そういう理由があって、2代目のパンダ舎の手前にある展示スペースは長く空いていたのです。

パンダのもりで飼育されているレッサーパンダのルカ=2024年6月26日、筆者撮影

「しかし、パンダのもりでは、生息域の様子を伝えるため、同じ場所に生息するシセンレッサーパンダやキジなどを近くに展示しています」。こちらにはジャイアントパンダについての説明や、フンのレプリカなども展示されています。

パンダのもり入り口付近=2024年6月26日、朝日新聞出版
意外とリアルなフンのレプリカ(右下)=2020年9月8日、朝日新聞出版

 そして、シャオシャオとレイレイがひとり立ちしてからは、また観覧列のでき方に変化がありました。取材時には放飼場の並びを、弁天門から見て、シャオシャオ、リーリー、レイレイ、シンシンという順番に。

「混雑するふたごの間にリーリーのスペースを挟むなど、お客さまに安全に観覧していただくために、動線にも工夫をしています」

『待たせない男』と呼ばれるお父さんのリーリーは、観覧エリアが開放的なため、だいたい待ち時間無しで観覧できます(2024年6月の取材当時)。ふたごの間に彼を挟むことで、観覧列が集中することを防いだようです。

「待たせない男」リーリー=2024年6月26日、筆者撮影

 そのため、本来の入り口である場所に人が少なくなってしまったのですが、展示してある解説プレートやパンダの爪痕・フンのレプリカなどしっかりと作り込んであり、見応えもたっぷり。「お客様の安全を優先した結果、当初考えていた動線とは少し異なってしまっているんですが、保全に関する情報はこれからも発信し続けたいと思っています」。

 パンダ好きなら知っておきたい情報もたくさんありますので、余裕のあるときにぜひご覧くださいね。

ジャイアントパンダについての看板=2024年6月26日、筆者撮影

いつかお父さんとお母さんになり、未来へ。パンダ飼育のこれから

 パンダ来園から51年。パンダ舎も3代目となり、今後、同園が目指すパンダ飼育の方向性は、どのようなものなのでしょうか。「いつかお父さん、お母さんとなり、パンダの未来を担う可能性を持って、中国へと帰れるようにしっかりと育てて行きたいですね」

シンシンに似てか、堂々としてきたレイレイ=2024年6月26日、朝日新聞出版

 同園生まれのシャオシャオとレイレイも、もう3歳。健康ですくすく育っています。「すぐにとはいかなくても、その子どもや孫、ひ孫の世代が野生復帰プログラムに参加し、保全プログラムの大切な一員となって欲しい。パンダに限らず、ほかの動物もそうなのですが、保全のための重要な1ピースになってくれればいいですね。みなさんにもよろこんで応援していただけるように、希望を持って取り組んでいきたいです。そのためにも、いま居る個体の健康管理をしっかりとしていきます」と話す冨田さん。

中国・雅安基地で暮らすシャンシャン=2023年11月10日、筆者撮影

「パンダのもり」の「もり」が、ひらがなである理由。それは、パンダが住む「森」とパンダを守る「守」の2つの意味が込められているからなのです。

 次回は、リーリーとシンシンが来日した当時を中心に振り返ってみましょう。

<参考資料>

公益財団法人東京動物園協会 恩賜上野動物園(2023)『つなぐ ジャイアントパンダ飼育の50年【抄本】』

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 会費や寄付を通じて、(公財)東京動物園協会が運営する、都立動物園・水族館を応援する制度です。イベントや会誌の発行などを通じて、野生動物への関心を深めてもらうほか、野生生物保全活動の支援や教育普及活動にも取り組んでいます。

■筆者プロフィール

二木繁美(にき・しげみ)
パンダがいない愛媛県出身で日本パンダ保護協会会員。パンダライター。アドベンチャーワールドの明浜(めいひん)・優浜(ゆうひん)の名付け親。一眼レフを片手に、多いときには1度に1700枚ほどのパンダの写真を撮影。マニアックな写真と観点からパンダの魅力を紹介する著書『このパンダ、だぁ~れだ?』が発売中。