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宇江佐真理が描いた“男装のおんな通詞”激動の生涯『お柳、一途 アラミスと呼ばれた女』高橋敏夫氏による文庫解説を公開!

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 宇江佐真理さん『お柳、一途 アラミスと呼ばれた女』(朝日文庫)が6月7日に刊行されました。本書は、幕末・維新を駆け抜けた、男装のおんな通詞(通訳)の一途な愛を描いた感動の長編時代小説です。文芸評論家・早稲田大学名誉教授の高橋敏夫氏による文庫解説を公開します。

宇江佐真理さんの『お柳、一途 アラミスと呼ばれた女』(朝日文庫)

激動する時代に、人の思いと生き方の一途さを問う

「お柳、一途」とは、なんともすばらしいタイトルだ。

 主人公であるお柳(後に通詞の田所柳太郎で愛称アラミス)のつよく変わらぬ思いと、ひたむきな生き方をみごとに凝縮した言葉なのはもちろんだが、それにとどまらない。

 お柳が「一途」なら、お柳と思いを交わすもう一人の主人公、榎本釜次郎(榎本武揚)の思いと生き方も一途である。お柳の父でオランダ通詞(通訳)の平兵衛や、お柳の友でキリシタンのお玉も一途である。

 また、釜次郎をとりかこむようにして次つぎにあらわれる勝麟太郎(勝海舟)、フランス軍事顧問団員で砲兵中尉のジュール・ブリュネ、幕府軍として箱館戦争をともに戦った大鳥圭介、土方歳三ら、そして官軍の西郷隆盛、黒田清隆ら……も、それぞれに一途といわねばならない。

 そして、だからこそ、「お柳、一途」が活きてくるのである。この物語にあって、一途でひたむきなお柳は独りであるとともに、登場する多数の者の象徴となっている。

 しかも、次つぎにはなばなしく登場する著名な登場人物を惜しげもなく脇に配し、歴史上ほぼ無名の通詞であるお柳に一途さの中心をになわせたところに、英雄豪傑嫌いの庶民派時代小説作家、宇江佐真理の真骨頂がある。

 2006年に潮出版社から『アラミスと呼ばれた女』というタイトルで出版され、2009年にも同タイトルで講談社文庫にはいった作品を、今回、メインタイトルを「お柳、一途」とし、サブタイトルを「アラミスと呼ばれた女」として出すという話を聞いたとき、わたしは一瞬とまどったものの、すぐに、これでよい、否、これがよい、と思わないわけにはいかなかった。かつて書店で『アラミスと呼ばれた女』を手にしたときの若干の違和感がよみがえり、たちまち消えた。おそらく、亡くなった宇江佐真理もようやくぴたりと決まったタイトルに安堵しているにちがいない、とわたしは思った。

 ただし、作者が、『アラミスと呼ばれた女』という、読者にとって即座には理解しがたいタイトルをあえて選んだわけも無視することはできない。
 1997年の『幻の声――髪結い伊三次捕物余話』に始まり、『泣きの銀次』『深川恋物語 』『おちゃっぴい――江戸前浮世気質』などと続く作品は、いかにも江戸人情時代小説あるいは江戸市井ものらしいタイトルだった。そうしたいわば定番のタイトルに、あきらかに異質なタイトルが顔をのぞかせたのは、2001年の『おぅねぇすてぃ――明治浪漫』である。明治5年の函館に始まる物語は、英語の通詞を目指す会社員の雨竜千吉に、江戸での幼馴染みで今は横浜でアメリカ人の妻になっていたお順を配し――再会した二人はかつての思いをよみがえらせつつ、いくつもの困難をのりこえ、「おぅねぇすてぃ」(正直、真心)から求めあう。

 社会も人間関係も日々の暮らしも激変する明治初頭ならではの一途な愛といってよい。人の思いと生き方の一途さは、変化の激しい時代と社会においてこそ、試練にさらされ、その真価が問われるだろう。『おぅねぇすてぃ――明治浪漫』は、主に文化・文政年間の江戸下町を舞台とし、江戸情緒ただよう人情時代小説の傑作を連発していた宇江佐真理が、かけがえのない日々をひたむきに生きる者たちのにぎやかな饗宴という人情時代小説の富の真価を、明治初頭の激動する社会において問うた作品になっている。

 この試みの延長線上に、2006年刊行の『アラミスと呼ばれた女』はある。幕末維新期の未曾有の社会的激動に、江戸人情時代小説の富が激突し、みごと勝利を収めた作品なのである。

 本書に収められた「文庫のためのあとがき」のなかで、宇江佐真理は、この作品が完成するまでには10年かかったと書いている。すると、作品が構想されたのは1990年代の半ば。「幻の声」でオール讀物新人賞を受賞しデビューしたのが1995年だから、江戸人情時代小説の蓄積の上にその意義をおもむろに問い直すというより、デビュー当初から問いに積極的だったことになる。得意な作品をだらだらと書きつらねるのではなく、みずからが実現する作品の意義にたえず意識的であろうとする作家の姿勢が、ここからもうかびあがる。

「文庫のためのあとがき」には、本作品は子母澤寛の「才女伝」をヒントにしたと記されている。1961年に出た『ふところ手帖』に収録された聞き書きスタイルの短篇で、宇江佐真理は、文庫版(1975年)で読んだという。
「才女伝」は「今日の史録に於ては、田島勝太郎は全く黙殺されて」いる云々で結ばれている。が、現在ではいくつかの歴史事典に掲載されている。たとえば、1994年に出た『朝日日本歴史人物事典』には、歴史学者栗原弘がこう書いている。「田島勝太郎:生没年不詳 明治維新期の仏語・蘭語の通詞。江戸下谷出身。餝職人から長崎で通詞となった田島平助の娘。元治1(1864)年、父が暗殺されたため、江戸に出て勝奴の名で一時芸者となり、父と下谷時代から親交のあった榎本武揚に偶然会った。榎本は勝奴の天才的語学力を生かし、かつまたその生活を救おうと勝太郎の名で男装をさせ、幕府海軍の通詞とした。その語学力は耳学問であったが、他の通詞よりよく通じ、重宝がられたという。五稜郭の戦(1869年)の際は無事脱出したが、その後の消息は不明である。子母沢寛が『才女伝』(『子母沢寛全集』25巻)として小説化し、有名になったが、架空人物説もある。」これはしかし、「才女伝」の記述とほぼ重なることから、他の資料を踏まえているとは考えにくい。宇江佐真理も、「『才女伝』の他に、これといった資料は見当たらなかった」と書いている。

 近年、田島勝太郎については、1935年に出た寺島柾史の歴史小説『日本海軍戦記 怒濤』がクローズアップされている。国立国会図書館デジタルコレクションで容易に閲覧できる。そこには、「男に化けてゐる榎本の愛人お勝の田島勝太郎」といった言葉もみえて、二人の関係があいまいなままの「才女伝」とは異なり、釜次郎との子を産む本作品のお柳に近い。はたしてこの作品を宇江佐真理は参照したか否か。

 重要なのは2作と重なる部分ではなく、重ならない部分だろう。そこにこそ作者のこの作品へのつよい思いがあらわれている。

 ――出島は日本の異国だとお柳は思う。鎖国政策が取られている日本で、その出島だけが唯一、世界に開かれた窓だった。だが、窓はあちこちでも開かれつつあった。(中略)「なあ、お父ちゃん、うち、大きゅうなったら通詞になりたい」(一)
 ――自由という初めて聞く言葉にお柳の胸は震えた。何ものにも束縛されず、男も女も平等に生きられる世の中。それは自分の意識のある内にやって来るのだろうかとお柳は訝しむ。(十一)
 ――琴もらくもお柳が通詞として蝦夷地に行ったことは知らないだろう。自分は芝居で言うなら黒子だったのだ。目には見えても、黒子は舞台では存在しない約束事になっている。(中略)お柳の存在は永遠に封印されたままだろう。/これでいいのだと思う一方、通詞の仕事を忠実にこなしたという自負が、お柳を苦しめる。(三十九)
 ――うちは箱館を離れる時、自分の人生は終わったごたる気持ちやった。はん、終わってなどいなかった。これからが始まりや。この子を大きゅうせないけん。15年も20年も掛かる。釜さん、人生は長いなあ。(同上)

 未曾有の激動期を生きて、生きぬき、さらに生きつづけようとする、お柳のつよく変わらぬ思いとひたむきな生き方が、あるいは躍動しあるいは沈潜する。まさしく、「お柳、一途」だ。

 そして、この「お柳、一途」には、「釜次郎、一途」が、「お玉、一途」が、「ブリュネ、一途」が……ゆたかに束ねられているのはいうまでもない。

(たかはし としお/文芸評論家・早稲田大学名誉教授)


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