夢を追いかけ続け、叶えた藤岡陽子さんだからこそ書けた『メイド・イン京都』 モデルとなったデザイナー・谷口富美さんによる文庫解説を特別公開
藤岡陽子さんの『メイド・イン京都』(朝日文庫)が刊行されました。
物語のモデルとなった、デザイナー・谷口富美さんが解説を寄せてくださいました。学生時代から藤岡陽子さんを見てきた谷口さんによる解説の全文を掲載します。
「ひさみちゃんをモデルに小説を書かせて欲しい」
藤岡陽子先生にそう言われたとき、背中がじんわり熱くなり、「私の人生でこんなに輝かしいことが起こるのか!」と叫び声が、お腹の底から脳に向かって聞こえ、星屑にあたたかく包まれたようでした。
「ひさみちゃんが前に、『一生懸命に頑張った方が人生は楽しい』って話してくれたやん、そのときからひさみちゃんをモデルに小説を書きたいって思っててん」
いつも前ばかりを見て突っ走ってきた私は、その言葉を聞いたとき、間違ってない、素晴らしいよ、と大きな花丸が貰えたと感じました。
初めまして。
この物語のいくつかのエピソードの元になりました、ファッションブランド「Read Thread」(リード スレッド)のデザイナー谷口富美です。
出会った頃の藤岡陽子先生は、4月から大学生になる家庭教師で、毎週、高校生の姉を教えに家に来てくださっていました。お勉強の休憩時間に母がケーキと紅茶を持って部屋へ入って行くのを見て、好奇心旺盛な11歳の私は後ろからくっ付いて部屋に入り、姉の横にちょこんと座って、一緒にお話をするのがいつものパターンでした。いつしか私も横で宿題などをするようになり、私の先生にもなってくださったのです。
その頃の藤岡先生は、18歳のまだあどけない少女でした。でも小学生の私から見たら大人のお姉さん。大学生活の話や恋の話を、小さい子どもに話すのではなく、気心の知れた友だちに話すかのように、いつも楽しそうに話してくださり、私はドキドキしながら、いつか見たテレビドラマのシーンと重ねてお話を聞くのです。夏休みには、藤岡先生と、生まれて初めてのCDショップへ行ったり、顔よりも大きな宇治金時のかき氷を食べに行ったり、少し背伸びをしたお姉さん経験を一緒にたくさんしました。
その頃、藤岡先生から贈っていただいた小説が、私にとって初めての、児童文学ではない、挿絵のない物語でした。そして、ゆくゆくは小説家になりたいの、って夢を語ってもらいました。
藤岡先生が大学を卒業された後も、家族ぐるみでお食事に行ったり、交流は続きました。いつしか私の身長が先生より大きくなった頃、先生はアフリカへ留学されます。そのときの、「今は全力でアフリカ留学してくるけれど、この経験はゆくゆく小説を書くときに大いに活きると思う」と目を輝かせていらした姿が、今でも目に焼き付いています。
藤岡先生は、東京へ引っ越しされたとき、看護学校へ入学されたとき、どんなときも今あることにポジティブに全力で取り組みながら、小説家になるという夢を大切に胸で温めておられるようでした。
藤岡先生の小説が初めて文芸誌に掲載されたときは、何度も何度も読み返しました。あの18歳の頃からの先生の夢が叶ったんだ! 夢って本当に叶うんだ! と感動しました。看護師として働いているからこその視点の小説であり、今までしてきたことで無駄なことは何一つない、全てが肥やしとなっている、と言われているようで、まだ何者でもない私にとって、夢は諦めたら終わりだけど、大切に持ち続けて、叶えるための努力を少しずつでも続けていれば、いつかきっと叶うんだ! と希望になりました。
藤岡先生の小説に出てくる主人公は、いつもポジティブに夢に向かって邁進し、一生懸命な姿がとても美しく輝いています。そのキラキラした登場人物の姿に憧れ、自分にも出来るのではないか、と勇気も湧いてきます。
特に、『メイド・イン京都』の主人公の美咲ちゃんが、目まぐるしく変わってゆく環境に戸惑いながらも果敢に挑んでいく様子には勇気付けられてきて、その姿は夢に向かって進み続けた藤岡先生と重なります。美咲ちゃんは、私にとっては先生そのものの姿です。
物語のモデルになった私の実際の人生は、美術の大学を卒業したのち、ニューヨークに7年ほど住み、帰国後、洋服のブランド「Read Thread」を京都を拠点に立ち上げました。その活動は模索の毎日で、挑戦しては反省、改善点を見つけては修正、そしてまた挑戦するの連続です。小説に何度も出てくる美咲ちゃんの一心不乱に制作している姿は、どこか私に似ているようです。
制作していても、「これは、天才的に素敵なものが出来た!」と小躍りする日もあれば、制作してきたものが、とてつもなく瑣末なもの、色褪せたものに見え、イベントの出展前に「こんなに大量にしょうもないものを作ってしまって、どうするの!?」と自分に幻滅し、不安に押しつぶされそうになったりもしています。それでも、人前に発表すると、「これ、すごい好き」「SNSとかやってないの? 他の作品もぜひ見たい」と、お客様からお言葉をいただいて、また少しずつ自信を取り戻すのです。そんな姿を誰にも見せたことがないはずなのに、作中で美咲ちゃんが、同じように葛藤していて、藤岡先生の観察眼に感服し、思わずクスッと微笑んでしまいました。
『メイド・イン京都』には、執筆される為の取材で、私が藤岡先生に語ったエピソードが、色鮮やかに美咲ちゃんの人生に組み込まれています。淡々と語ったお話が、温度や香り、手触りまでも感じるものになり、その上、お話ししていないのに私っぽいなぁと思えるところがいくつかあり、ちょっぴりこしょばいですがとても嬉しいです。例えば、婚約者の姪の乃亜ちゃんがお部屋に入って来ているにもかかわらず、美咲ちゃんが制作の楽しさに没頭しているところなど、身に覚えのあるシチュエーションです。なんでもない日常が、小説となって現れると宝物のような時間に感じられます。
作中の木下さんの言葉で、次のようなものがあります。
「運というものは、どこかから降ってきたりはしません…運は、人が人に与えるものなのです…運を良くしたいと思うならば、人に信用されることです。運は信用に値する人間のもとにしか訪れません。あなたがこれまで運が良かったというのであれば、それはあなたが周りの人に信用されていたからですよ」
本作を読んで以来、この言葉が私の胸に強く刻まれ、つい楽な方を選択したくなったり、その場さえ良ければいいか、という考えがよぎったり、怠けたくなったときに、その言葉が天使の声のようにささやかれて、私を立ち止まらせてくれます。そして、それじゃあダメだと、邪な考えを退治してくれて、ひとつひとつ丁寧に、心を込めて制作する気持ちへと戻らせてくれます。
物語の後半では、美咲ちゃんは、ビジネスチャンスを摑むため、急成長を遂げていきます。その瞬く間に私のビジネスを超えていく様子に、羨望の眼差しを向けながら、私も頑張ろうと奮起しています。この小説が出版されてから数年が経ち、私は発表する場所や機会も増え、お取り扱いいただいているセレクトショップさんも出来たり、一緒に出展しないかとお誘いをいただくことも増えました。そして、今は新たな目標や夢もあります。取材を受けた頃と比べたとき、美咲ちゃんのように成長できていたら嬉しいです。
私の制作活動は、パターンを引いて布を裁断し、お洋服を縫い合わせるものでもなければ、年に2回、春夏と秋冬に発表するアパレル業界のスタイルでもありません。一点もののお洋服をさまざまに制作し、月に1、2回、百貨店やギャラリーで、まるでアート作品を発表するかのように出展しています。そんな私のエピソードがモデルになっている為、『メイド・イン京都』は、アパレルビジネスのあるべき姿とは違うかもしれません。
しかし、夢を実現させる上での大切な心根の持ち方が、たくさん書かれています。十代の頃からの夢を実現された藤岡先生が書かれたものなので、作中に出てくる困難な場面や、チャンスを摑むときの心の持ち方はとても信用できるものだ、と太鼓判を押します。
今まさにやりたい事に邁進されている方のお守りになるような本だと思います。私にとってそうであるように。