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名物はオムライス、床がぬるぬる、出前…「町中華」の定義と魅力を北尾トロと下関マグロが大いに語る

 遊びゴコロ満載の食リポで、町中華ラバーを増やし続けている北尾トロさんと下関マグロさん。北尾さんは「町中華探検隊」の隊長、下関さんは副長を務める。今回は、2023年2月7日発売の『東京・大阪 名店の味が再現できる! ひみつの町中華レシピ』(朝日新聞出版)に収録された対談を全文公開。あらためて町中華の魅力を語ってもらうはずが、対談は、失われゆく町中華への危機感を吐露するところから始まった――。

朝日新聞出版編著『東京・大阪 名店の味が再現できる! ひみつの町中華レシピ』
朝日新聞出版編著『東京・大阪 名店の味が再現できる! ひみつの町中華レシピ』

下関マグロ:僕たちが町中華を食べ歩くようになったのは、2013年の暮れに昔から通っていた高円寺の「大陸」が閉店したことがきっかけ。トロさんに知らせたら「ああいう町中華はどんどんなくなるね」と言われたんだけど、その時初めて「町中華」という言葉を聞いたの。

北尾トロ:僕よりちょっと年配の人が、「安くて庶民的な店」という意味で使ったのを1回だけ聞いたことがあって。「そういう言い方があるのか」「すごい言葉だ」と思ってた。ただいつも一人で食べに行っていたから、使うチャンスがなくてね。いざ使ったら、マグロさんがすぐに「何それ?」とツッコミを入れてくれて、2014年からは2人で「あれは町中華?」「先生、どうでしょう」なんて言い合う遊びをするようになったんだよね。「駅からちょっと遠いから違う」とか、基準は適当だったけど(笑)。

マグロ:そして同じ年の8月にも衝撃的な出来事が起きた。やはりずっと通っていた新宿の「来々軒」が閉店してしまったんだよね。

トロ:おじいさん店主が、重い中華鍋を力強く振るっていたっけ。中華料理屋なのに「当店の名物料理はオムライス」と言っていたのが面白くて。

北尾トロ/ノンフィクション作家。1958年福岡県生まれ。2014年より町中華探検隊を結成。著書に『夕陽に赤い町中華』(集英社インターナショナル)、『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』(文春文庫)、『町中華とはなんだ』(共著 角川文庫)など多数(撮影:キムラミハル)

マグロ:あのオムライスは本当に美味しかった……。その時も「やはり町中華と別れる日は突然やって来る」「今行かないと」と思って、僕たちはますます焦った。長くやっている店ほど、作る人が年配の方ばかりだからね。

■僕たちが思う「町中華」の定義

マグロ:僕たちと同じように思う人が集まって「町中華探検隊」になり、今ではメンバーが99人(取材時点)。2015年に3番目に加わった増山かおりさんの働きで、ワイドショーでも取り上げられるようになってからは、より世間に広まったね。

トロ:自分で「町中華」と言い始めるようになってからは、流行るだろうと思ったよ。マグロさんのようにみんながすごく反応するし、「こういう店」ってイメージがだいたい一致するから。

マグロ:僕たちが思う町中華は、オムライスやカレーライス、定食なんかがあるお店。他にも「床がぬるぬる」「店の前に植木鉢が置いてある」とか(笑)。

トロ:日本人流中華というか、戦後のどたばたで生まれた文化だろうね。「カレーが食べたい」なんて言う客の要望に応えるうちに、メニュー化していった。

マグロ:それと昭和創業の個人営業。

トロ:そこは大事だね。地域に根付く個人店だから、よその町からお客さんにわんさか来てほしいとは思っていない。だから「常連さんの迷惑になることはお断り」「取材拒否」というお店が多い。それでもいろいろ取材するうちに、町中華の主人はほぼ全員がおしゃべりだとわかった。注文が入ってなくて女将さんがいなければ、いくらでも話してくれる(笑)。

下関マグロ/1958年山口県生まれ。出版社、広告代理店を経てフリーライターに。散歩や食べ歩きの原稿をネットを中心に書いている。主な著書に『歩考力』(ナショナル出版)、『ぶらナポ~究極のナポリタンを求めて』(駒草出版)などがある(撮影:キムラミハル)

トロ:僕たちが大事にしたい町中華は、ランキングサイトには載らないお店。もしくは評価が低いお店に好んで行く。

マグロ:美味しさはもちろん大切だけど、「まずい」と言われても長年やっているお店には何かいい点があるはずで、僕はそれを知りたい。みんなと違うものを食べてみたら、美味しかったりもするしね。

■店ごとにストロングポイント

トロ:場所がいい、女将さんが面白い、店主にめちゃめちゃクセがあるとか、店ごとにストロングポイントがあるよね。

マグロ:この対談のためにお借りした乃木坂の「赤坂 眠眠」は、住宅をお店に改造したそうだから、造りがかなり独特で面白い。

赤坂 珉珉(東京都港区)が今回の対談場所。名物は焼餃子(660円)で酢とこしょうで食べるのが珉珉流。「酢こしょう」スタイル発祥の店とも言われる(撮影:キムラミハル)

トロ:細道を入ったわかりにくい所にあるのに、今日も盛況みたいだね。

マグロ:それと僕は町中華の魅力の一つに「出前」があると思うんだけど、テレビ番組で町中華を特集した時に出前に応じてくれたのが、原宿の「紫金飯店」だった。昼時はサラリーマンでいっぱいで、活気があるいいお店。

トロ:神楽坂の「龍朋」にもよく行った。チャーシューゴロゴロのチャーハンが美味しくて、作家の平松洋子さんは飲んだ後にわざわざ食べに行くと言うくらい。女将さんも素敵だよね。「ここ座んな」って、威勢よく仕切ってくれるのが気持ちいい。

龍朋(東京都新宿区)は創業1978年。名物メニューのチャーハン(800円)は1日に300食売り上げる。『ひみつの町中華レシピ』で作り方を紹介している(撮影:菅朋香)

マグロ:町中華に行ったら、女将さんに従っておけば間違いない。

トロ:「何がいい?」と聞けば、「これにしときな」って決めてくれるからね。

マグロ:それと学芸大学の「上海菜館」には、泣けるエピソードがあるよ。今の店主が、一緒に店を継いで修業するって時に親父さんを亡くして、何も教えてもらえなかったらしい。

トロ:つまり独学で作ってきたの?

マグロ:独学で。悩むと親父さんが夢に出てきて気力をもらうらしく、今では100品ほど作れるそうだよ。看板女将のお母さんに「旦那の味を超えた」と言われた時には、泣くほどうれしかったとか。

トロ:どのお店にもいい話がある。飯田橋の「餃子の店 おけ以」も、お店を閉めようと考えた時に、出入りの内装業者だった人が「この美味しい餃子がなくなるのは惜しい。俺にやらせてくれ」と言って、今の店主になったんだよね。

餃子の店 おけ以(東京都千代田区)では、ほとんどの客が餃子(600円)を注文。白菜たっぷりでにんにく不使用。究極の「パリッじゅわ~」が楽しめる(撮影:魚住貴弘)

マグロ:あと浅草の「博雅」もおすすめ。元ミス日本の女将さんが素敵なのと、旦那さんが作るチャーハンがすごく美味しい。注文分をまとめて作る店が多いなか、ここは1人前ずつしか作らないんだって。理由を聞いたら、「きちんと同じ味を提供するため」と言っていた。

博雅(東京都台東区)の隠れた名品は、野菜炒め(770円)玉子のせ(プラス110円)。先代の時代に常連客のリクエストに応えて作ったものだという(撮影:キムラミハル)

トロ:素晴らしい。

マグロ:それと今はないお店だけど、西荻窪の「大宮飯店」にあった「ちゃんぽん」がもう一度食べたい。ちゃんぽんを見たことも食べたこともなかったご主人が、想像で作ったメニューなんだって。

トロ:「20年くらいうちの人気メニューだよ」と言っていたね(笑)。あれには度肝を抜かれた。アスファルトのように敷かれたどろ~んとした餡かけの上に、ダメ押しの溶き卵がのっていて……。

マグロ:「ちゃんぽん」という語感からいろいろな物が入った料理をイメージしたんだろうね(笑)。「長崎ちゃんぽん」がブームになった時に町中華が取り入れたらしく、実はどの店にもあったりする。

トロ:たいていメニュー一覧の真ん中くらいに書かれているから、気づかない人も多いはず。東京では体系化されていないからこそ店によって味も見た目も違うので、食べ比べたら面白いと思う。

■お店に呼ばれる瞬間が来る

北尾トロさん(左)が隊長、下関マグロさん(右)が副長を務める「町中華探検隊」は、「日本の誇る食文化としての町中華について考え、食べ、記録していくこと」をテーマに活動(撮影:キムラミハル)

トロ:僕は自分で作ることにも興味が出てきてる。昨日は深夜の2時に、家でチャーシューを作ったよ。スーパーでブロック肉が割引になっていたから、なんとなく買っちゃって(笑)。今朝はそれでチャーハンを作ったんだけど、味は美味しかったのにちょっとかたかった。圧力鍋にかける時間が短かったみたい。

マグロ:チャーシューの煮汁はとっておいて継ぎ足すと、町中華の味になるよね。

トロ:炒め物については、家で作るのを躊躇する人は多そう。僕たちは町中華の厨房を「スタジアム」、カウンターを「アリーナ席」と呼んでいるんだけども(笑)、アリーナ席で調理する様子を見ていると、強火で手早く作っているのがわかるよね。火力、スピード、それにラードが大切。

マグロ:町中華のご主人に「家庭のコンロは火力がないのでどうすればいいのか」と聞いたら、「長時間炒めればいい」と教えてもらった。「チャーハンは少し焦げがつくくらいが美味しい」って。僕たちが「これでいい」と思うより、もうちょっとだけ長く炒めるといいそうだよ。

トロ:僕はパフォーマンスとして捉えているから、豪快に炒めるのが気持ちいいんだけどね。家族からは「そういうことじゃない」「まだかたい」って不評(笑)。こんなふうに町中華は家で作れもするし、日本中どこでも楽しめるところが面白いよね。まずは家と最寄り駅の間や職場の近所で、行ったことのないお店があれば行ってみてほしい。「行こう!」と気負うのではなく、「今日はお金がないから町中華で」みたいに。きっと自分に合うお店や味が、一つは見つかると思う。

マグロ:僕も「このお店に行け」ではなくて、「あなたのおうちの周りにも町中華はない?」「今行かないとなくなっちゃうよ」と伝えたい。すぐに入らなくてもいいので、まずは存在を確認。次のステップで、“食べ支え”のためにちょっとだけお金を使っていただきたいよね。

トロ:町にないと寂しいものだからね。「お客さんいるのかな」「いくらかな」とか、店の前のショーウィンドウにどれくらいホコリがたまっているかな、なんて関心を持っていただければ、そのうち入りたくなると思う。「ここだ」とお店に呼ばれる瞬間がくるはずなので。

(構成/団野香代、生活・文化編集部)

■町中華の次は町洋食! 2023年11月7日発売

朝日新聞出版編著『東京・大阪 名店の味が再現できる! ひみつの町洋食レシピ』
朝日新聞出版編著『東京・大阪 名店の味が再現できる! ひみつの町洋食レシピ』


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