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元自衛隊メンタル教官に聞く!定年後「うつ」を避けるために50代の今、すべきこと

 定年が射程距離内に入ってくる一方で、体力やストレス耐性の低下を実感しはじめる50代。「定年後にがっくりと気力をなくしてしまい、うつ状態になる人がいる」と聞くと、「他人事ではないな」と危機感を抱くかもしれない。

「定年を迎えたときと、うつ状態からのリハビリ期は、共通している部分がとても多いのです」と、元自衛隊メンタル教官『50代から心を整える技術』の著者でもある下園壮太さんは言う。

 両者に共通しているのは、「目標の立て直し」が必要となること。「これまでのやり方では通用しない、変えていかなければいけない、という局面において重要なのは、目標ややり方を変えていくこと」。その際に、下園さんが最優先事項とするのが「疲労のケア」だ。しかし、現代人は疲労を軽んじ、そのケアを怠る傾向にあり、その結果、積もり積もった「蓄積疲労」によって人はうつ状態に陥っていく。

 疲れ? そんなの今さら言われなくても自覚できているよ、と思う人こそ、ここから先をしっかり読み進めてほしい。

下園壮太『自衛隊メンタル教官が教える 50代から心を整える技術』(朝日新書)
下園壮太『自衛隊メンタル教官が教える 50代から心を整える技術』(朝日新書)

■うつ支援で最優先にすべきは「疲労ケア」

「人は、論理よりも疲労や感情で動く」。これが人間の本質です。

 この人間の本質が理解できれば、他人、そして自分へのほとんどの誤解は解けて、不要な落ち込みや怒りもなくなる、と私は思っています。

 私はうつ状態の人やショックな出来事に直面した人を支援する際に、以下の手順でケアを行います。

(1)エネルギーを取り戻す疲労ケア
(2)怖かった記憶を落ち着かせるケア
(3)再び立ち上がって生活していくための自信のケア

 これを見てもわかるとおり、エネルギーを取り戻す「疲労ケア」は何よりも優先すべき事項なのです。人間が生き、考え、活動するために必要な根源的なパワーのみなもとを、私は「エネルギー」と定義しています。このエネルギーを失わせるのが「疲労」なのです。

■疲労は段階を追って進み、その人の性格を変える

 疲労を理解するための物差しとして、私は、「疲れた」「疲れていない」の二択ではなく、3段階に分けて理解することをクライアントにおすすめしています。

疲労は3段階で進行する。とくに2段階の人は注意して「休む」時間を作らないと、
つらい3段階(うつ)に進んでしまう

 1段階は、通常の疲労。この状態だと、1日や1週間の終わりに「疲れたー」と思っても、1晩熟睡したり、週末にゆっくりすれば、ほぼ回復します。これが通常モードで、実はこの状態であることはとてもありがたいことです。

 さらに疲労がたまって2段階になると、これまでと同じ出来事でも2倍ショックを受けやすく、疲労感も2倍、回復にも2倍の時間がかかります。このため私は2段階の疲労を「2倍モード」と呼んでいます。

 いわゆる「うつっぽい状態」がこの段階。負担となる課題を避け、行動するのがおっくうになります。小さなことでイライラするようになり、誰もが「性格が悪く」なるのが特徴です。とても傷つきやすい状態ですが、表面的には落ち込んでいることを隠す余力があるため、我慢で乗りきってしまうことが多い。

 そして、疲れを麻痺させて頑張り続けると3段階に移行します。うつ状態となり、無気力感、自責感、不安感、負担感が過剰になります。疲れやすさも3倍に、回復にも3倍の時間が必要となります。

 3段階では、うつ的性格となるため、これまでの本人とは別人のようになってしまいます。ただ、性格の変化は蓄積疲労がもたらしているもの。風邪が治れば熱が引くのと同じように、疲労が1段階に回復すれば、その人本来の性格に戻っていきます。

■50代の今こそ「休めば回復する」経験を積んでおこう

 疲れたのなら、休めばいい。そう思いますよね。しかし、問題は、「うつ状態になるほど、休むのが怖くなる」ということです。

 前述したとおり、うつっぽい状態の2段階では、回復にも2倍の時間がかかります。そんな2段階の人に「疲れているでしょう」「休んだほうがいいよ」と言うと、「十分、休んでいます!」と怒る場合が多い。たとえ人より1.5倍休んでも回復できないのが2段階の現実なのに、我慢して疲れを麻痺させて働き続けるうちに、「蓄積疲労」が悪化して、3段階に移行してしまうのです。

 私は、50代の人のおそらく20%ほどは、この2段階の状態にあるのではないかと思います。定年に向けた環境変化を意識し、日々、なんとなく行き詰り感を覚えることで、心の底で、漠然とした不安感や息苦しさを覚える「感情労働」が多くなっているからです。職場では明るい顔で冗談が言えていても、あるとき「こんなことぐらいで」と感じるような出来事をきっかけに心が折れてしまう人がたくさんいます。

 また、50代の時期は、いわゆる「出世組」と「それ以外」に分かれる年代です。幹部会議に呼ばれず、部下たちと仕事をする。重要な意思決定には関わらずにアフターフォロー中心となる。1段階の疲労であれば、「それも、ありだな。さっさと会社を出て好きなことをやろう」と切り替えることができます。しかし、2段階になると、「うつ的性格」が顔を出し始め、周囲から「あの人、何しているの?」という目で見られているような気がする。どんどん自信を失っていく。「いっそ、もう辞めてしまったほうがいいんじゃないか」と本当に退職してしまう人もいます。

「まず、休みましょう」

 私は明らかにエネルギー切れの人には、いつもこう言います。定年は、居場所が変化し、新たな環境に身を置く“ゼロリセット”であり、その環境変化に対応するには想像以上に大きなエネルギーを消費します。「疲労のケア」ができていないと、定年後に3段階のうつにあっという間に突入しかねないのです。だからこそ、50代の今から「休めば回復する」という経験を積んで、疲労のケアのスキルを高めておくことが大事なのです。

(取材・構成/柳本操)

下園壮太(しもぞの・そうた)
心理カウンセラー。メンタルレスキュー協会理事長。1959年、鹿児島県生まれ。防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。陸上自衛隊初の心理教官として多くのカウンセリングを経験。その後、自衛隊の衛生隊員などにメンタルヘルス、コンバットストレス(惨事ストレス)対策を教育。「自殺・事故のアフターケアチーム」のメンバーとして約300件以上の自殺や事故に関わる。2015年8月定年退官。現在はメンタルレスキュー協会でクライシスカウンセリングを広めつつ講演などを実施。『心の疲れをとる技術』『人間関係の疲れをとる技術』『50代から心を整える技術』(すべて朝日新書)、『自信がある人に変わるたった1つの方法』(朝日新聞出版)など著書多数


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