見出し画像

コンプレックスを“武器”に60歳以降を幸せにする方法

 還暦は「第二の成人」。著書『60歳からの教科書――お金・家族・死のルール』(2021年、朝日新書)で、人生のエネルギーカーブについて解説する藤原和博さんは、「コンプレックスは人生に必要」と説く。とことん自分らしく生きて死ぬにはどうすればいいのか。本書より抜粋してご紹介する。

藤原和博著『60歳からの教科書――お金・家族・死のルール』(朝日新書)

■自分のコンプレックスは武器になる

 人生における「死に方」について考えていきたいと思います。

 まず、やっていただきたいことがあります。

 それは「人生のエネルギーカーブ」を描くこと。

 一枚の紙を横長において、まず、大きな升のような線を引きます。左右いっぱいに縦の線を2本、下部に升の底に当たる横線というように、です。そして、この升の左下の角に「生まれる」と書き、右下の角に「死ぬ」と書いてください。

 横軸は人生の歩み。そして、縦軸は、そのときどきにおける人生のエネルギー・レベルです。あなたの知力・体力・精神力の総合力だと考えてもらってもいいし、モチベーションのレベルだと捉えてもらってもいいんです。

 0歳のスタート地点から、XX歳のゴール地点まで、自分自身がどれぐらいエネルギーを出してきたか、その「山」と「谷」を図にしてもらいたいのです。現在の年齢から終点(死)までの未来については、「どんなエネルギーカーブにしたいのか」をイメージして描いてみてください。

 描いてみると分かるのですが、「失敗」「挫折」「病気」といった一見マイナスに思える記憶が、人生の節目の重要なターニングポイントになっていることに気づかれたはずです。

 たとえば人生を「一冊の本」や「一本の映画」と見なした場合、味わい深い物語にするためには、「谷の深さ」が大事になってきます。

 著名人の伝記やビジネス書を読むときを思い出してください。成功体験と自慢話の連続を読まされることほど、苦痛なものはありませんよね。人生は山と谷の連続です。「谷の深さ」が人生というドラマに奥行きと人間味を与えてくれるのです。

 人生においては「コンプレックス」も良い味つけになります。

 メニエール病で倒れた30代の頃、私は大きく3つのコンプレックスを持っていました。

 それは「英語が話せない」「編集者やジャーナリストのように、社会事象に対する意見を持って仕事をしていない」「大きなテーマを掲げて働きたいのに、どんなテーマを追究すればいいか分からない」という3つのコンプレックスでした。日本を離れてヨーロッパで数年間暮らそうという決意も、これらのコンプレックスの反動でした。

 コンプレックスを克服するためには、自らを客観的に眺めることが必要だ――。

 こうしてそれまでのキャリアを捨て、ヨーロッパで成熟社会での生き方を学んだことは、それ以後の私の人生を決定的に変えてくれました。コンプレックスという谷を徹底的に観察したからこそ、その後の人生の「山」が予想もつかない形で生まれていったのです。

 谷は深ければ深いほど、それに続く山並みは高くなります。自分自身の“谷の深さ”にぜひ、自信を持ってください。

 さあ、あなたはどんなエネルギーカーブを描くでしょうか?

■エネルギーカーブは、富士山一山型から八ヶ岳連峰型へ

 実は、エネルギーカーブは「一つの山」だけで十分とは言えません。それは近代から現代にかけて、私たちの寿命が大きく延びたことが原因です。

 図をご覧ください。

【図】3世代の「人生のエネルギーカーブ」の違い(本書より)

 これは、「明治時代」「昭和・平成」「私たちの時代」における人生のライフサイクルについて、3種類に分けて描いた図です。

 明治から大正時代にかけて日本人の平均寿命は、43歳前後でした。当時の平均寿命の短さは乳幼児死亡率が高かったことも一つの要因ですが、50歳を超えたら「隠居して社会の一線から退く」のが通例だったのです。子ども時代をゆったり過ごし、大人になれば、兵役を果たしたり家業を継いだりして一所懸命働き、隠居の時期を迎えたならば、余生は趣味の時間を大事にしながらいずれ死に至る。それが一般的なあり方でした。これを司馬遼太郎の有名な歴史小説になぞらえて「坂の上の雲型人生」と呼んでいます。

 ちなみに、夏目漱石も、『坂の上の雲』の主人公の一人、秋山真之(元連合艦隊参謀)も49歳で亡くなっています。

「昭和・平成」期を見てみましょう。太平洋戦争の敗戦後、長らく続いた昭和・平成を生き抜いた世代は、平均寿命が80歳前後に延びたことで、60歳の定年退職後に20年前後の余生を手にすることになりました。しかし、基本的に人生のエネルギーカーブのピークは、40代から50代にかけて訪れることが一般的です。年収もその頃が最も高く、仕事に家庭に遊びにと、充実した日々が待ち受けていました。私はこの世代を「富士山型一山世代」と呼んでいますが、エネルギーカーブのピークが一つで良かった。それが当たり前だった時代だと言えるでしょう。

 ところが、令和に入った現代を生きる私たちは、そうはいきません。

 私たちの世代の「老後」は、前の世代の人々が口にしていた「老後」とはまったく状況が異なるからです。ガンなどの難病にも良い治療法が開発され、人々の健康意識も高まったおかげで、平均寿命は80歳から100歳近くにまで延びようとしています。

 前の世代に比べて、あまりにも余生が「長い」。すると、余生が余生ではなくなります。定年後の人生を現役時代と変わらず人生の「本番」として生きていく必要が出てくるのです。

「坂の上の雲世代」と「昭和・平成を生きた世代」までは、人生のエネルギーカーブが「一山」で済みました。富士山型一山主義の人生観で良かったのです。

 それに比べて「令和」を生きる私たち世代は、エネルギーカーブのピークがいくつも連続する、いわば「八ヶ岳型連峰主義」でなければ充実した一生を過ごせない事態になりました。寿命が延びたのは喜ばしいことではあるのですが、人生が90年から100年を超えるのが当たり前となる時代には、新しい生き方が求められます。

 以上のことを踏まえて、先ほど描いたエネルギーカーブを見直してみてください。

 富士山型の、一つしかピークを描かなかった方には、その山をぜひ、いくつもの線が連続する「八ヶ岳連峰型」のエネルギーカーブへと変えてもらいたいのです。

 この100年で、人生の長さは倍になりました。一つの山だけではその長い人生を充実させるにはとうてい足りません。これからの時代を生きる人は、いくつもの山と谷が交互に訪れる、連峰型エネルギーカーブの人生を生きることが普通になるはずです。あなたが今60歳だったとしても、この先の人生は30年から40年もあるのですから。

「ピーク」はまだまだ、あなたの生き方次第でつくれるのです。


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!