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【第3回】再生医療における視力障害の報告と注意喚起 ~前編 細胞凍結保存液としてのDMSO~

再生医療の分野では、細胞を投与する自由診療が注目されていますが、一部で副作用が報告されるケースも存在します。
最近、ロート製薬(大阪市)が製造した脂肪由来の間葉系幹細胞の投与に関連して、視力障害が発生したことが明らかになりました。この問題についての調査結果と今後の対策について解説します。


視力障害の報告とその原因

ロート製薬が関係医療機関に配布した注意喚起の文書によると、昨年11月から今年3月にかけて、東京のクリニックで更年期障害や卵巣の機能低下を改善する目的で同社の幹細胞が投与された患者に、一時的な視力障害が報告されました。視力障害は一時的なものであり、患者は回復したとされていますが、この事例が再生医療の安全性に関する議論を引き起こしました。

特定認定再生医療等委員会の調査によると、視力障害の原因として有機溶剤「ジメチルスルホキシド(DMSO)」が疑われています。DMSOは細胞の保存液として使用される物質で、血管の収縮を引き起こす可能性があると指摘されています。これが一時的な視力障害を引き起こした可能性が高いと考えられています。

細胞保存液としてのDMSO

ジメチルスルホキシド(Dimethyl Sulfoxide、DMSO)は、有機溶剤として広く利用される化合物で、特に細胞保存液として使用される理由は下記の通りです。

低温凍結保護剤としての細胞保護効果

DMSOは、細胞を低温で保存する際に、細胞膜を保護する役割を果たします。細胞の凍結保存では、細胞内外の水が結晶化することで細胞膜が損傷するリスクがありますが、DMSOはこの結晶化を防ぐ効果があります。具体的には、DMSOが細胞内に浸透し、水の氷点を下げ、細胞内の氷結晶の形成を抑制します​​。

高い浸透性による細胞の生存率向上

DMSOは細胞膜を容易に通過するため、細胞内に効率的に浸透します。これにより、細胞全体に均等に分布し、細胞内外の凍結保護が可能になります。結果として、細胞の生存率が向上し、凍結保存後の細胞の回復率が高くなります​​。

安定性と汎用性

DMSOは化学的に安定であり、様々な保存条件下でもその効果を維持します。この特性により、長期間の保存が必要な細胞や組織の保存に適しています。また、DMSOは多くの細胞種に対して使用可能であり、その汎用性も高く評価されています​​。

DMSO安全性に懸念

DMSOは細胞保存液として広く利用されている一方で、その使用にはいくつかのリスクと課題が伴います。以下に、DMSOの安全性に関する主要なポイントをまとめます。

細胞毒性

DMSOは細胞膜に多様な影響を与えることが知られており、その効果は濃度に依存します。

  • 低濃度(10 mol%まで)では、細胞において膜の緩み(透過性および変形性の増加)が観察されています。濃度が増加すると、DMSOは小分子やイオン(水やカルシウム)、およびDMSOが存在しない場合には膜を通過できない大分子への膜透過性を高めます。濃度がさらに増加すると、膜に安定した孔が形成され、最終的には高濃度で二重層の崩壊が引き起こされます。

  • DMSOがタンパク質と相互作用し、脂質を脱水することで細胞膜の透過性と流動性を増加させ、構造に変化を引き起こし、細胞内カルシウム濃度の変化や特定のメッセンジャーの転位が引き起こされ、細胞の成長停止やアポトーシス(プログラム細胞死)を誘導します。

浸透圧損傷

DMSOは高浸透圧性を持ち、凍結保存された細胞を正常な等浸透圧の血液系に急速に注入すると、注入された細胞に大量の水が取り込まれ、細胞の体積が急激に膨張し、浸透圧損傷を引き起こし、直接的に細胞死をもたらすことがあります。これにより、移植の効率が大幅に低下または失敗する可能性があります。

特定の細胞におけるDMSOの影響

DMSOはヒト幹細胞や皮膚線維芽細胞など、特定の細胞タイプに対して形態、生存率、接着および分化に影響を及ぼします。

臨床における副作用

DMSOを含む細胞製品を投与された患者では、心血管系、神経系、消化器系に対する副作用が報告されています。

  • 消化器系:
    吐き気と嘔吐は、DMSOの最も一般的な副作用の一つです。研究では、特に静脈内投与の場合に頻繁に報告されています。

  • 皮膚反応:
    DMSOは皮膚に塗布された場合、局所的な刺激や発赤を引き起こすことがあります。

  • 神経系:
    DMSOの使用に伴い、頭痛が発生することがあります。これは最も一般的な神経系の副作用であり、一部の患者では治療の中止を余儀なくされることもあります。

  • 心血管系:
    DMSOの静脈内投与は、一部の患者に低血圧、高血圧または心拍数の減少を引き起こすことがあり、一部の患者では徐脈(心拍数が60回/分以下になる状態)が観察されています。これも一時的であることが多いですが、重篤な場合には医療介入が必要となります。

  • 視力障害:
    今回のニュースでも触れられているように、DMSOは血管の収縮を引き起こすことがあります。この作用により、一時的な視力障害などの症状が現れることがあります。特に点滴投与の場合、血管内に直接作用するため、注意が必要です​。

  • DMSOに関連する副作用は、多くの場合、軽度で一過性のものですが、より深刻な合併症や有害事象も報告されたことがあります。
    多くの研究により、DMSOに関連する副作用は用量依存性であり、多剤併用の細胞治療が実施された場合には累積的な影響を及ぼすことが示唆されています。DMSOの累積効果は、多回投与や長期間の治療において顕著になります。DMSOの濃度が蓄積すると、副作用の発現率が増加し、患者の全身状態や治療効果に悪影響を及ぼす可能性があります。

DMSO除去の課題

DMSOが細胞保存液として使われていることは特に問題がありませんが、適切に除去することが欠かせません。
洗浄手順は一般に、細胞を解凍した後、DMSOを含む細胞懸濁液を低浸透圧の緩衝液で希釈し、遠心分離によって細胞とDMSOを分離します。これを複数回繰り返すことで、DMSOの濃度を十分に低減させることができます​​。
DMSOを完全に除去するための洗浄手順が設計されていますが、これには攪拌や浸透圧および機械的ストレスが伴い、細胞にストレスを与え、保存後の生体物質が非常に脆弱であるため避けるべきです。洗浄ステップは時間がかかり、コストがかかり、リソースを浪費する可能性があり、過程で多くの細胞が失われることがあります。

今回の前編は、細胞凍結保存剤のDMSOについてご紹介致します。

次回の後編は、このような有害事象が発生する原因について検討していきたいと思います。


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