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二十九回目の夏は終わらないで  ~北海道からの沖縄移住記 2020年7月~

 もっと人と出会いたい。話がしたい。見たことのない景色を見たい。


 そんな気持ちが、胸を焦がしながら湧き上がってくる。人と会うことを制限されているからなのか、はたまた二十代最後の夏だからなのか…変な話だけれど、残された時間は少ない、といつも思っている。早く、もっと速く進まなければ。そんな思いに駆られる。


 だけど、進むっていうのはどういうことなの? 理想に近づくこと? 昨日と違う一日を送ること? 新しい発見を積み重ねること?


  正解なんてないのだろうけど、初めましての人と積極的に話すようにしたら、世界が少しだけ拡張した。例えば、沖縄の山や植物ばかりに向いていた私の意識が、初めて海の中へ向いた。沖縄の人たちの暮らしと歴史を育んできた「海」の大切さを見つめなおす海洋博(一九七五年)をもう一度やりたいと語る人と話すうち、新しい気持ちが芽生えてきたのだ。畑や土から離れたことを不安に思っていたけど、沖縄にいるのだから、今度は海に歩み寄ってみればいい。私が無意識に畑や森の中に求める「生命の気配」のようなものを海で感じたい。私は海の美しさも怖さも、眺めるだけではなく肌で知らなければならない。


 一方、沖縄でたまたま出会った貿易事務の仕事を楽しんでいるものの、大企業のバックオフィスであるがゆえの閉じた空間でルーチンワークをこなすだけでは自分の成長はないし、大きな組織の中で管理職に進むことには興味がない。そんな場所でほどよい負荷を求めてか、無謀にも、三か月後に迫る通関士試験を受けることにした。


 私の中にはいつも、来年の今はここにいないかもしれないという感覚がある。この国家資格への挑戦はきっと今しか選択しない。同じ時間をかけるなら絶対に合格したいけど、ダメならさっさと見切って次に行く。そんなことを考えるなんて、やっぱり、来年か再来年は、ここに居ないんだろうな。またそんな気持ちが強くなる。


 南の島の夏は真っ盛り。暑さでぼーっとしたり、突如冷房で冷やされたり忙しい頭で、三〇歳目前にして私は未だに自分の状況すら把握できていないのだろう。それでも少しは先へ進んでいる? 沖縄の夏が長いことが、はやる気持ちを少しだけいさめてくれる。

写真:沖縄本島南部から車で渡れる奥武島からの海

あさひかわ新聞2020/7/21号「沖縄移住記21 果報(カフー)を探して」掲載

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