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会社で台風ナイト ~北海道からの沖縄移住日記 2020年9月~

 台風九号が沖縄のすぐ西を通った時、私は初めて会社に宿泊した。親会社の顧客の輸出入が止まらない以上、私たちの仕事も止めることができない。夜中から朝にかけて暴風域に入ると予想されていたので、翌朝出社できなくなることを見込んで、多くの社員が台風の夜を会社で過ごした。不謹慎かもしれないけれど、それはけっこう楽しい非日常だった。

 気圧配置と海水温の上昇の影響で、台風の発生場所が例年より北に寄り、沖縄に接近するまでの時間はより短く、規模はより大きくなっているらしい。うちなんちゅ(沖縄出身者)である会社の人たちは、台風がまだ熱帯低気圧のうちから業務への影響をずっと話し合っていて驚いた。「まだ台風ができてもいないのに」と、正直気が早すぎるのではないかと感じていたが、入念な段取りのおかげで、宿泊ができない(翌朝出社できない)社員の分の仕事も滞りなく進んだ。

 会社に泊まることはあらかじめ決まっていたため、社員たちはそれぞれ快適な宿泊にするための準備に余念がなかった。デスクと椅子にシーツを渡してプライベート空間を作り出す人、ビーチ用の寝そべられるリクライニングチェアを持参する人…中でも、オフィス内に小型のテントを設置する人には笑った。ちなみに台風初心者の私は、寝袋の下に毛布を敷いて床で寝た。普段日中に共に仕事をする人たちと、夜ご飯やそのあとの思い思いの時間を近距離で過ごすのは、新鮮な気持ちだった。

 沖縄で迎える台風シーズンは二度目で、私個人の台風対策も去年の反省を生かして改善されていた。事前にベランダを片付け、停電に備えてポータブル充電器を満タンにし、冷蔵庫を整理しておく。風速何メートルくらいであれば、スピードを落として車で走行しても大丈夫なのか。休日、自宅にこもってやり過ごした台風十号の後には、そういう感覚が自分の中に養われつつあった。

 台風が一つ通り過ぎるごとに最低気温が少しずつ下がっていく。長いと思っていた沖縄の夏を、台風がゆっくり幕引きしようとするのを、ジリジリしながら見守る。次の晴れて暑い日と、仕事のお休みが重なるのを願いながら。


写真:今帰仁村(なきじんそん)にある小さな「運天トンネル」。物資運搬の主役が水上から陸上になった頃に建てられた(一九二四年竣工)

あさひかわ新聞2020/9/15号「沖縄移住記23 果報(カフー)を探して」掲載

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