大正九年、脈絡。 メロウ、溶けかえる陽 ほつれと思える純米吟醸 懐かしき顔ぶれ、口も利かぬ そのうち狂いだす 気ばかりが狂いだす 「ここは印度、昔も今も!」 闊歩する背中、包む暮色
おいで おいで。 ——これはカカオの匂いだね。 いっしょにハンケチ枯そうか。 こうして、このまま抱いてやろう。 私の母性で、抱いてやろう。 家がそんなにも苦しい? ——家は空間、血。 それじゃあ楽にはなれないよ。 キミが家を生まなきゃならぬ。 ——これはココアの匂いだね。 感じてごらん、音楽を、私を。 キミは思う、あなたこそ家と。 家はいくつあってかまわぬ。 キミがあそこへ、行ってもかまわぬ。 おいで おいで 手がこんなにも冷えている。 抱いて
ぼくの名前は、朝霧レンです。 秋、明石へ行きました。 父と母が道を違えたのも十何年前、 今回は父と初めての遠出でした。 父の大きなバイクの後方にまたがり 初めて受ける刺激的な風の中、やはり沸々と考え事は湧いたのであります。 (先日の投稿で言及したように、) わたくしはこの夏、目的がありました。 もう死のうという、目的がありました。 そして、同じくして出会った人物の訃報を聞いたのです。 あの人が車で乗っけてくれた道を、 奇しくもこのバイクで通ったわけです。 泣きながら
人はいずれ死にます、僕は僕を遺します。
昔の人はえらかった____ 1で10を語るのは疎ましいが、 この傾向は実際にあるのだと思う。 スマホのない時代、 それは時間の消費質もさることながら 何よりも「やってみなけりゃ」のバイタリティがあった。 調べりゃポンッと正解の出てくる我が世代にとって なにか疑問が起きれば、「知ること」で解決する。 "昔の人"はそうはいくまい。 他人に聞くことはあれど、結局は「経験する」ことで前へ進んだだろう。 ここで、言及しておきたいこと、 僕は『経験こそが人間を分厚くする』と信じて
おまへは ”概念” になりたがる、 そんなに床(とこ)につっぷして。 『僕はもう疲れてしまった』 翳りに甘えた唇が、かすかに動くさまが見えた。 おまへは "概念" になりたがる、 今まさに、宿すようになりたがっている。 『僕は言葉がうらやましい』 たっぷりこさえた情感を、湿らすようにつぶやいた。 おまへは "言葉" になりたがる。 わたくしの初恋は言葉でした。 いつごろかなんて覚えていません。ただその感触のみが残るのです。 思へば、昔からよく書き物を致しました。すこ