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101年、生きるということ

あと3ヶ月ほどで102歳になる叔母。長く一人暮らしをしていたが、昨年夏から特養でお世話になっている。特養に入ってしばらくは面会に行くと嬉しそうに話をしてくれていたが、この1〜2ヶ月は寝ていることが多くなり、昼間に僕らが行ってもやはり寝ているし、起こしてもぼんやりと空を見ていて受け答えも曖昧になってきている。時には少し苦しそうな表情を見せることがある。それでも僕らのことはわかるし、質問をすると頷いたり首を横に振るなどする。意識はしっかりとしているのだろう。
僕の母は(叔母の妹。母は4人兄弟の末っ子で今この世に残っているのは叔母と母だけだ)、そんな姉の姿を見るとかわいそうになると共に自分自身の行く末を重ねるようで辛くなると言っていた。それはそうかもしれない。一日の大半を食事もろくにとらないで寝ているということは確かに辛いだろう。僕だって今年は60歳。自分の将来を考える。

一方で、それでも叔母は生きているのだ。叔母は1922年生まれ。詳しくは知らないが東京か神奈川の生まれだと思う。だとする関東大震災の時は1歳。そして太平洋戦争の時は既に成人していた。叔母はそんな災いを生き抜いてきているのだ。そして、100歳を超え、体力も精神力も枯れ果てようとしてもなお、生きているのだ。特養の看護師による身体的に悪いところ(つまり病気)はない、という。丈夫といえばそこまでだが、もしかしたら「生きる力」とはこのことなのかもしれない。それはとうてい僕なんぞは敵うようなことではなく、叔母は今も闘っているのだ。

高齢の方たちは、その長い年月を生き抜いて今ここにいる、というだけで僕らに何かを示してくれているのではないだろうか。

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